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変わるフィールド,変わる研究環境

ラホールでのフィールドワーク中にCareemで呼んだリクシャー

須永 恵美子
(2024年4月助教着任)

私は南アジアのパキスタンをフィールドに,宗教出版や言語教育を研究しています。最初にパキスタンを訪れたのが2004年なので,現地とはちょうど20年の付き合いとなります。

パキスタンでのフィールド調査は一筋縄ではいきません。お隣のインドとは異なり観光客がそれほど多くなく,外国人はどこに行っても目立ってしまいます。おまけに女性が一人で出歩く習慣がなく,タクシーも女性一人では心配だと止められてしまう次第です。チョロチョロと歩き回りたがる筆者は,何度も現地の友人たちに窘められました。大学に行く際は本数の少ない市内循環のスクールバスを捕まえ,本屋ならばルートのわかりにくい市バスを乗り継ぎます。中・長距離の移動はもっぱら友人の家族やインフォーマントの運転に同乗させてもらうことになります。

筆者がラホールに滞在していた2013年に,市内にメトロバスと呼ばれる専用レーンを走るバス路線が開通しました。これはトルコに倣って導入された公共交通機関で,料金は一律で事前支払い制のため交渉不要,渋滞がちな市内をスイスイと進む姿は弾丸バス(Bullet Bus)と称賛されました。女性専用車両もあり,市内の高校や大学に通う女子学生が,スクールバスに替わる通学手段として多く利用しています。
ちなみに,この時点でパキスタンはGoogleMapに非対応でしたので,自分の現在位置をネットで調べることはできませんでした。

2019年には,Careem(カリーム)というタクシー配車アプリが登場し,筆者の現地滞在が大きく改善しました。CareemはUberやGrabなどと似た配車アプリで,ドライバーの情報や現在地の共有機能,緊急通報ボタンといった安全性の確保に重点が置かれています。一部の都市では,乗客の評価に基づく優良ドライバーや女性ドライバーの指名にも対応済みです。高層ビルのオフィスで働く現地の友人は,朝夕の駐車場渋滞を避けるため,Careemで通勤しています。移動にCareemを使うなら,とホストファミリーが快く送り出してくれるようになり,筆者の行動範囲は飛躍的に広がりました。
これは単に便利なアプリの開発だけではなく,GoogleMapの公開,スマートフォンやオンライン決済の普及,ネット環境の改善など社会インフラの進歩が背景にあります。

筆者が知る限りでも,パキスタンは少しずつ,そして大きく変化を続けています。パキスタン人が経験する社会や文化の変化は,筆者にとって研究対象が変化することでもあります。さらに研究者である筆者の研究環境も,日進月歩で進化しています。現地社会と研究環境の両輪が少しずつ変わるのを,そのどちらにも目を配りながらうまく乗りこなしていきたいと考える日々です。


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