児倉 徳和
(2010年10月特任研究員着任)
10月1日付で言語ダイナミクス科学研究プロジェクトの特任研究員となりました,児倉 徳和(こぐら のりかず)と申します。私は東京大学大学院でシベ語(満洲語口語)の調査研究を行って参りました。
シベ語は言語系統としては満洲=ツングース諸語に属します。シベ族の人々は現在主に中国の東北地方と新疆ウイグル自治区に居住しています。新疆ウイグル自治区に居住するシベ族の人々は,18世紀中葉に国境警備のために中国の東北地方から派遣され,定住した人々の子孫です。シベ語は現在では東北地方のシベ族の人々は現在話せなくなりましたが,新疆ウイグル自治区のシベ族の人々によって話されています。このような経緯から,シベ語は,主に東部シベリアやサハリンなどで話されている他の満洲=ツングース諸語の言語から地理的に隔絶されているのですが,それだけでなく,言語的な特徴も大きく異なっています。 シベ語を話すシベ族の人々が居住する新疆ウイグル自治区イーニン市やチャプチャルシボ自治県はシベ族の他にもウイグル・カザフ・漢族など多くの民族が居住しており,シベ族は大部分が日常的に母語のシベ語の他に漢語はもとよりウイグル語やカザフ語も使用するマルチリンガルです。私は学部生の時期に多言語使用や言語接触による言語の変容に関心を持ち,資料を探しているうちにシベ族の存在を知り,勉強を始めました。
私がシベ語について資料を探した際,大学の地下書庫で最初に手にしたのが,AA研から出版された『満洲語口語基礎語彙集』でした。シベ語の勉強を始めてまず最初にしたのは,この『語彙集』を見ながら日本で奇跡的に知り合うことのできたコンサルタントの方から一語一語単語を教えてもらうことでした。やがて新疆ウイグル自治区でフィールドワークを行うようになったのですが,それからも『語彙集』は無くてはならない存在でした。今回その『語彙集』が出版されたAA研で研究をする機会を頂いたのは,私にとってはこの上ない喜びですし,何か『語彙集』のもたらしてくれた縁のようなものも感じています。
シベ語の文法を研究していて興味深いのは,シベ語は漢語から大量の語彙を借用しているにも拘わらず,漢語の影響は文法の側面にはあまり見られず,むしろ文法的な特徴は一部ウイグル語やカザフ語に近いものがある,ということです。例えば,シベ語は日本語の「(て)みる」や「(て)おく」にあたるような補助動詞を多用するのですが,こういった特徴は他の満洲=ツングース諸語の言語にはあまり見られず,むしろウイグル語やカザフ語に近いといえます。このような問題に取り組むためには,新疆ウイグル自治区での言語使用の実態をより詳しく知る必要があります。
私は今後,今までに行ってきたシベ語の調査を基点として,多言語社会としての新疆ウイグル自治区という地域の理解につながるような研究を行っていきたいと思いますので,どうぞ宜しくお願いいたします。
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