岩崎 加奈絵
(2020年8月特任研究員着任)
卒業論文のテーマを考え始め、何か全く新しい言語に取り組んでみたいと思ったときに、たまたま出会ったのがハワイ語の入門書でした。それまでいわゆる「南の島」に特段の興味はなく、ハワイに行ったことも行こうと思ったこともありませんでしたが、ハワイ語は音の種類が少なく、また語の綴りが日本語のローマ字表記とよく似ていたこともあり、親しみやすく感じたのを覚えています。
それから今に至るまでハワイ語を研究対象とし続けてきましたが、様々な文法現象の中で何を取り上げるかの決め手は、非常に素朴に、「自分が語学としてハワイ語を学んだときによくわからなかった・もっと詳しく知りたかったところ」でした。卒業論文では所有形、修士ではポリネシア祖語名詞化辞に由来する機能語 ‘anaを取り上げて、たくさんの用例を見てきたつもりですが、見れば見るほどわからなくなることが本当に多く、最初の「わからない!」が解決したとはいえないのが難しいところであり、面白いところでもあると思っています。博士論文以降は空間・方向表現を中心に取り組んでいます。
ところでハワイ語を本格的に研究対象とするようになった修士課程の初めごろ、もうひとつスタートしたのがフラです。恥ずかしながらそれまで映像でしかフラを見たことがありませんでしたが、日本国内でハワイ語が最も活発に使用されているコミュニティの実像を知りたくて、その状態のまま教室に飛び込みました。
運動不足の大学院生には基本姿勢すら大変でしたし、始める動機がフラ教室の生徒としてはやや特殊でもあり、周りから見れば熱心な生徒とはいえなかったかもしれません。ですがもっぱら文献資料を相手にしている私にとって、名前しか知らなかった楽器の重みや、植物を使い自分の手で編む装飾、先生の鳴らすイプヘケ(瓢箪から作られた打楽器)のリズムは、自分の研究対象が単なる文字の列ではないことを、毎週のレッスンごとに思い出させてくれる刺激となりました。そしてそれ以上に、一緒にフラを学ぶ子供たちから人生の先輩たちまで、みなハワイ語の歌詞を口にし、その意味を調べ、考える姿が、私がともすれば陥りがちである「自分の研究はいったい何の役に立つんだろうか…」という悲観的な自問に対する、目に見える答えとなってくれたことは本当に得難いことだったと思います。
ところで、ハワイのことばに “‘A‘ohe pau ka ‘ike i ka hālau ho‘okahi.” というものがあります。直訳すればおおむね「知識は一つの学び舎で完成するものではない」くらいでしょうか。要は様々な情報源から学びを得られるということ、あるいはそうすることの大切さを伝えることばだと考えることができます。今後の研究活動においても、学ぶ対象やソースを限定せず、柔軟に言語現象に向き合うともに、自分のみならず、いつか誰かの学びの源となる資料の保全や拡充についても関心を持って取り組んでいきたいと思っています。
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