turep(オオウバユリ)。アイヌ文化ではこの根からでんぷんをとり,食料にする。
小林 美紀
(2017年4月特任研究員着任)
私はアイヌ語の研究をしていますが,特に動詞の構造に興味があります。アイヌ語動詞は基本的な形に様々な要素がつくことで複雑な構造を持つことがあります。例えば,kuta「~をぶちまける」は,動詞の基本的な形です。これにさらに3つの要素がついたmun-soy-o-kuta[ごみ-外-~に-~をぶちまける]という動詞があります。これはkutaの目的語や,さらに場所までを取り込んだ「ごみを外に出す」という意味の一つの動詞です。こういった複雑な構造を持つアイヌ語動詞をみると,わくわくして,どんな構造になっているか分解してみたくなってしまいます。動詞の基本的な形がどんな要素と結びつくのか,そこにどんな規則性があるのかが私の研究テーマの一つです。
アイヌ語の辞典はこれまでいくつか刊行されています。これらの辞典では,動詞の基本的な形ばかりでなく,それに様々な要素がついた複雑な構造を持つ形も記載されています。しかし,新しく触れる資料で見つけた形が,どの辞典をみても記載がないということはしばしばあります。こういうときには,それがどんな意味であるのかを調べたり,分析する必要が出てきます。動詞を分解することで各要素からその意味を推測できることもありますが,それが困難なこともあります。そんなとき,方法はいくつか考えられますが,その1つに他の資料の中に同じ語が出てきていないかを調べるというやり方があります。辞典に記載がなくても,他の資料に同じ語が出てくれば,用例を複数集め,前後の文脈などから意味を推測できる可能性があるのです。また,完全に同じ語でなくても似たような構成の語があれば,それが手掛かりとなる可能性もあります。しかし,実際には他の資料をみても,同じ語や似たような構成の語が1例しかなかったり,全く見つからないということもあります。こういった場合であっても,今後参照できる資料が増えれば,分析できるようになる可能性は十分にあります。
アイヌ語の資料は,文字化され公開されているものがある一方で,録音されたままになっているものもあります。こうした録音資料を聞き,文字化するといった作業を行うことで参照できる資料が増えていきます。以前と比較して聞き取り調査が困難になっている現在,こうした録音資料は非常に重要です。実際,ここ数年アイヌ語の録音資料が整理・公開される動きが活発になっています。
こうした録音資料を整理していくことも,アイヌ語を研究する上で重要な仕事だといえます。私も今後一つの大きな仕事としてこうした資料整理に取り組みつつ,アイヌ語の研究を進めていきたいと考えています。
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