AA研トップ > 読みもの > 新任スタッフ紹介 > 新任スタッフ紹介 61
文字の大きさ : [大きく] [標準] [小さく]

新任スタッフ紹介 61

幼い頃の記憶と母音調和


早田 清冷
(2018年9月特任研究員着任)

「言語の研究に興味を持ったのは…」と、きっかけや時期を言うのは私の場合なんとも難しい話になります。幼い頃から周りに言葉に関わる先生があまりにも多すぎて、自分が自然と興味を持つまでは、同じようなことはしたくないと思っていました。それでは、自然と興味を持ったのはいつなのか、といっても、これがよく分かりません。言語について疑問を持っても、ずっと忘れていて、何かのきっかけで思い出すことが多々あるからです。

私は現在、古典満洲語を中心に言語の研究をおこなっています。古典満洲語は母音調和があるとされる言語の一つですから、今回は、専門的に言語について考え始める前の出来事の中から、母音調和が関わっている(かもしれない)ものについて、一つだけお話ししたいと思います。

幼い頃、家には色々な人から電話がかかってきたのですが、その中に名乗り方が特徴的な方がいらっしゃいました。この方が電話で明瞭に苗字を発音すると、(日本語話者の方なのですが)何故か前半と後半の間に音のしない時間が不自然に生じて、苗字が前半と後半で別の2単語であるかのように発音されていました。あとで知ったことですが、この方も言語学の研究者でした。母音調和のある言語についても著作がある方です。

この出来事が急に現在の興味に繋がったのは、私が東京外国語大学の学部生になった時です。さきの電話の先生が話題になったのですが、その先生の御名前が、あるモンゴル語話者の方が自らの言語で自然に話した時の発音では、日本語としては他の単語―しかもあまり良くない意味の語―に聞こえるものになっていました。これは良くない、とその場にいた日本人の方が以降の発話で丁寧に発音し始めたのですが、その発音は幼い頃に自宅にかかってきた電話の声そのもので、前半と後半を分けた2つの別々の単語であるかのような発音でした。

この学部生の時に聞いた発音は、一部の言語にある母音調和と呼ばれる現象が原因です。昔の日本語について問題にする時や、東アジアの言語のうち、特に日本語に似ていると言われる言語を考える時に、しばしば問題になるのがこの現象で、これがある言語は同じ単語の中に一緒に現れることができる母音が限られてしまいます。現れうる母音の制限を前提として文字が作られていることも珍しくなく、言語と言語が接触する時も様々な影響を与えるようです。現在、私は日本語と清代の満洲語の類似している特徴や、一見すると似ているように見えて実はかなり違っている特徴などが気になって研究をおこなっています。そして、母音の並びに関わるこのような特徴が満洲文字の誕生と変遷や、日本語話者が清代におこなった満洲語音声の表記などに様々な影響を与えているのを見ると、幼い頃の電話での出来事も似たような現象の一つかもしれないと(もちろん検証ができているわけではありませんが)思わずにはいられないのです。


Copyright © 2010 Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa. All Rights Reserved.