筆者は,写真右側
古谷 伸子(2010年10月非常勤研究員着任)
私は,主に北タイの民間医療および民間治療師を対象として人類学的研究を行っています。最初にタイに関心をもったのは,大学1年の頃,友人と旅行で訪れたことがきっかけでした。乾季の青く澄み切った空と黄衣の仏教僧,それに人々の微笑はいつまでも胸に残り,その後の私の人生を方向づけることになりました。
ただ,はじめから人類学を専攻していたわけではなく,学部では東洋史を,大学院修士課程では仏教学を学んでいました。その頃の私は,パーリ語で書かれた仏教文献を読みながら,そこに記された内容とタイで人々が実際に信仰し実践している仏教のあり様とを総合的に検討してみたいと考えていました。そしてその後,博士課程への進学を考える段になって,人々と直接関わりながら見聞きし,感じ,自ら経験して対象を理解したいという思いを強めたことで,恩師からしばしば言われていた「重箱の隅をつつくような」細かな作業と忍耐を要する文献研究を一旦離れ,「自らの五感をフル活用する」フィールドワークに憧れて人類学を学ぶことを決意しました。
はじめて長期のフィールドワークを実施したのは2005年から2006年にかけてのことです。調査では主に,北タイのチェンマイ県を中心に地元NGOが支援する治療師ネットワークの活動に参加するとともに,メンバーである治療師の家に滞在し,彼の治療師としての実践を参与観察しました。そこで印象的だったのは,公的イベントで来場者を前に治療技術を披露し,壇上で治療経験を語る華々しさとは対照的に,子供の教育費や生活費の工面に日々,頭を悩ませている村での治療師の姿でした。痛みをかかえ,また経済的困難をかかえるクライアントを助けたいという思いと,治療から得られる収入によって家族を養っていかなければならないという現実にはさまれて葛藤しながら,ときに無償で与え,またときに定価をつけて薬を販売する治療師のあり方,生き方はとても人間くさく魅力的に思われました。そして帰国後,文脈ごとに異なって構築される治療師とクライアントの関係および治療行為の意味に焦点をあてて,ミクロな視点から民族誌を書きました。
現在はその延長として,治療師が商業化する要因,また逆に商業化に抵抗する要因をグローバルな状況のもとで明らかにすることを課題として取り組んでいます。このたび,AA研で非常勤研究員として働かせていただくことになりました幸運に感謝し,意義のある研究を行っていきたいと思います。
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