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Introducing New Staff 30

言語変化のダイナミズムをとらえたい

海老原 志穂
(2013年11月研究機関研究員着任)

大学入学前の私は日本語教師を目指していました。そして,日本語の伝道師として外国で活躍したい,という思いを胸に東京外国語大学の日本語課へ。日本語課では日本文学や日本文化の他,日本語を客観的に分析する日本語学の授業が必修になっています。母語である日本語を分析することで,いままで気づかなかった文法ルールがみえてくる,そんな発見の喜びにめざめ,風間伸次郎先生の記述言語学のゼミに入りました。風間ゼミで世界の多様な言語にふれるうちに,研究の進んだ日本語よりも,まだ記述がされていない,よく知られていない言語の文法を書いてみたいと思うようになりました。そんな頃,もうひとつの出会いがありました。それはチベット語,そして星泉先生との出会いです。もともとアジアや仏教などに興味があったので,チベットには関心がありました。しかし,入学してからずっとチベット語の授業はなぜか開講されないまま。外大が府中に移転したばかりの頃,西ヶ原のAA研でチベット語公開講座が行われていると耳にしました。今にして思えばその時の星先生の講座はとても斬新でした。教材の各課が述語に現れる文末表現ごとに分類されており,毎回,ひとつの助動詞に関するたくさんの例文の解釈を聞きながら,その助動詞の文法機能と意味を理解していくというものでした。助動詞が細かいニュアンスによって使い分けられている様(例えば,自分がもともとよく知っていることと観察によってあらたに知ったことを表しわけたり,自分自身の個人的なこととして述べる場合と客観的なこととして述べる場合を表しわけるなど)は言語学をかじりはじめた学部生にも興味深く,その講座が終わるころにはチベット語の文法について卒論を書こうと決心していました。チベット語の文末表現はどのように使い分けられているのかという問題から,さらには,チベットの人たちはどのように世界をとらえ,それをどのように言葉で表現しているのかがもっと知りたくなりました。講座で中央チベット語を習った後は,東北チベットで話されるアムド・チベット語を主な調査対象としてきました。その他にも,難民社会で話される共通チベット語,インドやパキスタンで話される西部チベット語などにも研究対象を広げてきましたが,当初もった関心は今も大きくはかわっていません。

言葉というのは生ものだとつくづく思います。言語をとりまく環境の変化とともに言語自体も刻々と変化しています。チベット語はチベット・ビルマ系言語の中でも文献が比較よく残っており,文献を用いることで,7世紀に話されていた言葉までさかのぼることが可能です。文献と現代語の各方言を調査し比較することで,チベットが経験してきた言語変化のダイナミズムをとらえられたら,と考えています。

さらに最近では,チベット語研究の成果を現地のチベットの人々に伝えたり,現地の大学生を教育する(いわゆる,アウトリーチという)活動にも興味をもっています。私の行ってきた研究が,チベット人自身が母語に関心をもったり,研究をはじめるきっかけとなることがあればこれほどうれしいことはありません。


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