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Introducing New Staff 28

此処ではない何処か

佐久間 寛
(2013年11月研究機関研究員着任)

わたしが編集補佐業務を担当する論集のひとつの主題は,「フィールド」です。この主題にひきつけて自己紹介をさせていただきますと,わたしがはじめて研究のために海外へ渡航したのは西アフリカのセネガルで,おもな目的は修士論文を執筆するための経済学的資料の収集でした。とはいえ当時の自分は,純粋な学的探究心から渡航したわけではありません。むしろ,ただ「どこか」へ行きたかった。つまり,「ここ」の漠とした居心地の悪さから逃れられれば,それでよかったわけです。

滞在3カ月目に,隣国マリへ旅に出ました。とりわけ,「廃墟と化した幻の黄金都市」として知られるトンブクトゥは,「ここ」ではない「どこか」をもとめる者にとり,打ってつけの旅先でした。実際には,自分と同様の旅情をもとめる観光客と旅情を売りこむ自称ガイドで大いに賑わう街だったのですが,そこで,年端もいかない少年たちから,日本語でこう呼びかけられました。「アリガトー,コンニチワ,ラクダ,ラクダ」。笑いながら逃げ去っていった少年たちが,言葉の正確な意味を知っていたか否かは不明です。たしかなのは,どの「白人」にこう呼びかけると相手が怒るかを,彼らが熟知していたことです。それが,2013年に旧宗主国の空爆を受ける「幻の黄金都市」のひとつの現実でした。

もっとも,一回目のアフリカ渡航では,少年たちから揶揄を受けた直後にラクダのうえで記念写真をとるだけの図太さを身につけて帰国しました。口惜しかったのは,自身の母語で揶揄されたとき,彼らの言葉で揶揄を返せなかったことでした。必要なのは,現地で,現地の言葉で,現地について考えること,つまりフィールドワークだ。そうした思いこみもあって,経済学から人類学へ転身しました。フィールド選定のためアフリカに短期渡航した際,マリの隣国ニジェールの西部で,自分を見た子供が泣いて逃げだす光景と出くわしました。ここかな,と直観しました。結局その直観が決め手となりました。

2年半のフィールドワークでは,生業,親族,首長制,土地制度をめぐる基本的資料の収集につとめたのですが,やがて,土地をめぐる情報のみがえられなくなっていきました。このフィールド経験から逆説的に浮かびあがってきたのは,他者に負うことなくして土地はえられないというモラルに裏打ちされた土地制度の姿でした。そこで農耕することなく農地を知ろうとする「白人」には,国有農地の建設に際して土地を奪った後着者という国家表象が上書きされ,土地をめぐる情報が閉ざされる。このフィールドでもまた,自己を介して他者の現実が立ちあらわれてきたわけです。

「ここ」は世界に偏在し,「どこか」はどこにもない。だから,この居心地の悪さを手がかりに,彼の地と此の地の現実を同時代の同一地平で考えぬくしかない。最近ではそのように考えています。


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