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Introducing New Staff 74

マクロな視点で捉え、ミクロな視点からアプローチする

「庭師と熊」(『カリーラとディムナ』派生版テクストの逸話の一つ)の物語の描かれた19世紀後半~20世紀イラン製のタイル(©️INAXライブミュージアム<撮影:梶原敏英>)

神田 惟
(2022年8月特任助教着任)

私はイスラーム美術史の研究者です。イスラーム美術史とは, 長いタイムスパン(7世紀から現代まで)の広範な地域(西アジア・北アフリカを中心に, ムスリムが文化の主な担い手である地域)における文化的営為から産まれたマテリアル全てを研究対象とする学問分野です。別の言い方をすれば, この分野においては, 一国史の枠組みに捉われない超地域的な視点が前提となります。そのような視点は, ある物が, 制作された社会的文脈を超えて受容され, 新たな価値を付与されていく過程を明らかにするだけでなく, 「イスラーム」という宗教の実践のあり方の多様性を浮き彫りにすることを可能とします。私がこれまで取り組んできた研究テーマのうち, ①西アジア・北アフリカにおける陶器・タイル史, ②20世紀の日本におけるイスラーム(「ペルシア」)美術工芸品の受容史, そして博士論文のテーマである③近世イランにおける工芸・詩芸・死者追悼・聖者崇敬の関わりの研究は, 研究対象こそ違えど, いずれも, このような視点で遂行されたものです。

イスラーム美術史という学問分野の, 一国史の枠組みに捉われない超地域的な視点は, 特定のスキルを有する人々が庇護者や指導者を求めて他地域に移動したり, 特定の言語で執筆された書物が別の言語に翻訳されたり, その内容が口承で伝わったりすることによって, 技術や思想がある地域からある地域へと伝播する過程を明らかにする可能性を秘めています。この線で現在, 私は, アラビア語の動物寓意譚『カリーラとディムナ』(イブン・アル=ムカッファア訳, 8世紀半ば)と, そのペルシア語訳版, そしてそれらから派生する形で生まれた様々な散文や韻文のテクストに含まれる小話の描かれた挿絵入り写本や工芸品のデータの入手・分類を進めています。

とりわけ関心を寄せているのは、ペルシア語文化圏におけるこの動物寓意譚の受容の在り方です。研究を進めていくうちに, ペルシア語訳版『カリーラとディムナ』やそこから派生したテクストのなかには, インドやイランの文書館に所蔵があり, 先行研究においてその史的重要性が指摘されていながら, 未出版かつ本格的な調査が行われていない挿絵入り写本がいくつか存在しているということが徐々にわかってきました。従来の, 美術史学的アプローチによる『カリーラとディムナ』研究においては, 複数の異なる写本の同じ逸話同士の挿絵の比較に重点が置かれる傾向がありました。他方, 文学的アプローチによる研究においては, 個別の逸話の解釈やルーツの分析が重視されてきました。自身は今後, インドやイランでのフィールドワークを行い, 挿絵に加え, 本文・奥付のテキストや所蔵者印, 後世の書き込みを含む, 写本それ自体が有する情報を具に観察する, コディコロジカルなアプローチをとることで, 先行研究との差別化をはかるつもりです。そうすることで, グローバル地中海地域研究プロジェクト東京外国語大学拠点の目指す, ジャンルを越えた広義の文学・芸能がもたらすグローバルな文明圏間の文化の環流の解明に貢献したいと考えています。


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