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Introducing New Staff 20

となりのハンガリー語

大島 一
(2012年4月研究機関研究員着任)

言語ダイナミクス科学研究プロジェクト研究機関研究員の大島 一(おおしま・はじめ)です。専門はハンガリー語学です。ハンガリー語は,その周囲のインド・ヨーロッパ語族とは異なるウラル語族フィン・ウゴル語派に属しています。そのことからか,言語的特徴は近隣のヨーロッパの言語とは異なる,どこかアジア的な印象を持つもので,いわば,ヨーロッパの中のアジア的な言語と言っても良いかもしれません。

ハンガリー語に興味を持ったのは当時高校生の時分,1989年の旧東欧諸国における体制転換でした。日本でも多くのメディアで報道されていましたから自ずと興味を惹きました。歴史を紐解くと,以前はオーストリア・ハンガリー二重君主国という国だったということも知り,「国境」というものに対してそれまでと別の認識を持ったのを覚えています。

その後,ハンガリーに留学,そして大学院と,ハンガリー語の文法研究に従事してきました。特にテンス・アスペクトに関してですが,ハンガリー語のアスペクトは動詞に接頭辞をつけることにより完了的意味を実現することが出来ますが,この接頭辞付加の例の中で,ハンガリー語の論理では理解できない派生的意味を持たらす,いわゆる例外があります。それが隣のオーストリアで話されるドイツ語からの影響であるということを知り,ハンガリー語とドイツ語の言語接触というものに大変強く興味を抱きました。

そうして現在,2006年頃からオーストリア共和国ブルゲンラント州のハンガリー人コミュニティで言語・社会的調査を行なっています。このブルゲンラント州は第一次世界大戦後,ハンガリー領からオーストリア領に移された為,現地のハンガリー語話者たちは家庭内ではハンガリー語ですが,外ではドイツ語を話さなければならないという二言語使用状況下で生活しています。こうした場合,ドイツ語が大変強い社会的威信を持つようになります。したがって,ドイツ語に乗り換える者が多く,いずれハンガリー語話者はいなくなるだろうと言われています。彼らの話すハンガリー語はハンガリーの方言学で見ればハンガリー西部方言の一つではありますが,文法的に標準ハンガリー語と異なるものが見られます(複数所有表現など)。こうした特徴のあるブルゲンラントのハンガリー語方言の研究を進めると共に,この方言の記録保存に貢献したいと考えています。

このような,ハンガリー語とドイツ語の言語接触と同様に,歴史的変遷で国境が変化した中東欧地域は各地に多言語が混在していますから,多くの言語接触の結果が見られます。オーストリア・ブルゲンラント州以外にも,スラヴ諸国との接触地域(スロヴァキアやセルビア北部),ルーマニアとの接触地域(ルーマニアのトランシルヴァニア地方)などが挙げられます。こうした「となりのハンガリー語」をターゲットに,今後はこれらの地域におけるハンガリー語と他言語の言語接触の結果についても研究を進めたいと考えています。


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