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Introducing New Staff 59

絵を描いていたのにいつの間にか研究に


現在用いている描画材料から。
奈良墨,天然土絵の具,美濃和紙(もみ紙)。

石黒 芙美代
(2018年9月研究機関研究員着任)

学生の頃は今時のものを好んでいたように思います。例えばWebデザインです。使いやすいデザインを設計する事は合理的で有意義な事だと感じていました。また,現代アートと呼ばれるような同時代の作家の作品をカッコイイと思っており,自分自身もコンセプチュアルな作品や,映像作品などを制作していました。そして,現代アートの面白さを伝えられるようになりたいという動機で大学院に進学し,作品を制作しながら美術教育研究室で鑑賞教育の理論研究を行いました。

しかし,大学院を修了する頃,それまで作品制作で用いていた描画材料に対し,猛烈に違和感を覚えるようになったのです。それは,市のごみ焼却施設を見学した事がきっかけでした。人が作ったものは最終的にどうなるのだろうという素朴な疑問から見学に向かい,所長さんから丁寧な説明を受けました。その後,クレーンに掴まれた6tのごみが焼却炉に運ばれる姿や,分解できないごみが最終処分場に埋められている姿を目の当たりにして衝撃を受けました。そして,自分が制作している作品に対し,自然の循環に戻せないような素材でつくっていて良いのだろうかと考えるようになったのです。

描画材料を一から見直し,自然由来の画材を用いる事に決めてから,最初に変えたのは紙です。地元にある美濃和紙の資料館に向かい,手すき和紙について調べました。外皮を取り,晒しを終えた楮は,和紙になる前から繊維に光沢がありました。さらに,職人がちりとりの工程で,常人では全く気がつかないような小さく薄い汚れにも気がついて取り除く為,白くて美しい和紙が出来上がる事を知りました。描画材料を調べる事は面白いとなり,今度は,奈良墨の工房へ行きました。そこでは,粒子が細かくてふわふわの松煙が,暖かい膠と練り合わされてプニプニとした物体に変化する事に驚きました。そして,竜脳の香りも印象的でした。原料が描画材料になる工程を体感した事で,描画材料そのものの美しさや魅力を感じるようになりました。

その頃,前職で教授から学会に誘われた事もあり,それらの活動で知った事をさらに掘り下げてみる事にしました。墨や和紙の歴史を辿ると,技術が写経の為に仏教と共に大陸から伝わった事や,地理的に日本の先は太平洋である為ここで止まって技術が醸成された事を知りました。その時に書いた論文がきっかけで,大陸の文化を知る事は日本の文化の特異性に気づく事に繋がると知りました。

今回,広報担当として研究所の研究成果を発信する事となりました。鑑賞教育の理論やWebデザイン,自身の展示経験等が生かせる事に,無駄な経験なんてないのだなと不思議な気持ちを抱いています。そして,自分のように何がきっかけで研究に興味を持つかはわかりません。これから作成する広報物で,潜在的に興味を持っている人と所内の様々な研究を巡り合わせて行けたらと思っています。


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