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Introducing New Staff 52

言語学ノススメ:ことばの研究へと誘なってくれた中学時代の恩師

青井 隼人
(2017年4月特任研究員着任)

きっかけは忘れましたが,私は修士課程の頃からラジオをよく聴くようになりました。当時毎週楽しみにしていた番組の1つが「学問ノススメ」という番組でした。各界の著名人が先生(ゲスト)として招かれ,人生をより充実させていくための講義を聞かせてくれるという番組です。講義の最後に必ず生徒(パーソナリティ)がこんな質問を先生に投げかけます。「あなたの思い出に残る先生は誰ですか?」。つまり先生の先生のことを尋ねるわけです。番組を聴きながら,この質問に私だったらどう答えるだろうとよく妄想しました。何人かの先生が思い浮かびますが,中学時代の恩師であるS先生だけは絶対に外すことができません。それは,その先生こそがことばの魅力を私に気づかせてくれた最初の人物だからです。

S先生は国語の先生でした。15年以上も前になりますが,S先生はいま教育界で話題のアクティブ・ラーニングをまさに実践されていました。授業は班単位でおこない,様々な場面で発言を促す。教科書に拘らず,評論文や小説を自由に取り入れ,童話,J-popの歌詞,広告のコピーまで教材にしてしまう。いろんな手法でことばの面白さを気づかせてくれる先生の授業に私はすっかり魅せられてしまいました。

「ことばは世界を変えられる」というのがS先生の信条でした。どのような想いでS先生がそのようにおっしゃっていたのかは正確には分かりません。しかしその言葉が私をことばの研究の道へと導いたことは間違いありません。ことばについてもっと深く知りたい。国語でも英語でもなく,ことばそのものをもっと理解したい。そうして私は,地元の中高を卒業した後,東京外国語大学に進学しました。

大学では日本語学と音声学・音韻論を専攻しました。現在は琉球列島をフィールドに研究をおこなっています。琉球列島の諸言語には通言語的に見て珍しい音声学的特徴がいろいろと観察されています。どのようにしてその分節音が調音されているのか,アクセントの仕組みがどのようになっているのか,なぜ珍しい特徴が琉球で観察されるのかーー? こうした問いを考えるのは私にとってとても刺激的で楽しいことです。

しかしS先生が繰り返しおっしゃっていたあの一言ーー「ことばは世界を変えられる」ーーほど私を捉えて離さない問いはありません。世界を変えることばの力とはどのような力なのだろう? なぜことばにそのような力があるのだろう? そもそもことばとは一体なんだろう? 調査データを整理しているとき,講義の準備をしているとき,友人と話をしているとき,本を読んでいるとき,夜眠りにつくとき,ふとした瞬間にそのような問いが湧き上がってくるときがあります。納得のいく答えを生きているうちに自分で見つけ出せることはできないかもしれません。しかしそのような「答えのない問い」を考えているときこそが研究者として最も充実感を覚えるときでもあります。


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