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Introducing New Staff 66

知りあいのサルに会いにいく

谷口 晴香
(2020年4月研究機関研究員着任)

 私は野生ニホンザル (以下、サル)の長期調査を青森県の下北半島と鹿児島県の屋久島で行ってきました。今でもときどき、個体数調査などで彼ら (サルたち)に会いにいきます。調査地に到着すると、荷物整理は脇に置き、山へ入る準備をします。双眼鏡とノートとペンを持ち、長靴を履きます。山を歩きながら、サルの声が聴こえてこないか、耳をすまします。対象の群れがよく利用する場所を歩きまわります。『今日は会えるだろうか?それとも明日以降かな。』とうずうずした気持ちで周りを見渡します。サルの声が聴こえてきた際には、周りをさらに見回しながらその方向へ進みます。そして、サルを見つけた際には、まず双眼鏡で知り合いのサルかを顔の特徴や傷の位置などから確認します。確認後は、『あっ、○○だ。元気そうだ!』とホッとした気持ちになります。あちらの方は、こちらをチラッと見たか見ていないかといった風で、もくもくと食物を食べたり群れの仲間と毛づくろいをしたりしています。こちらのことはほとんど無視しているように見えます。しかし、初めてこのサルたちを観察した際に、彼らは私 (観察者)を避けるようにそわそわと落ち着かない様子で行動していたことを私は覚えています。そのため、サルたちの「観察者 (私)の存在の無視」はサルたちに「知り合い」として認定されているようで私は好きです。

 私は、ニホンザルの離乳期のアカンボウの伴食行動の地域間比較の研究をしています。群れ生活をする霊長類において、離乳期のアカンボウは母乳以外の食物を食べ始めることにより、食物を通じた群れの仲間との関わりが生じます。アカンボウの伴食関係 (誰と食物を食べるか)には地域差がありそうです。青森県の下北半島の離乳期のアカンボウは母親とよく伴食することが多いのに対し、鹿児島県の屋久島のアカンボウは同世代のアカンボウとよく伴食することが多い傾向にあるようです。私は、環境 (生息環境と社会環境)が彼らの伴食関係に与える影響について調べています。そして最終的には、子どもの頃の生育環境が大人となってからの社会関係 (社会性)に与える影響について言及できたらと考えています。そのことを調べるためには、長い時間をサルと共に過ごす必要があります。長期間、同じサルの群れを観察していますと、「サルをみている」というよりは「知り合いのサルと会っている」という感覚の方が強くなってきました。ここ数年間はフィールド研究から離れていたため、また、サルたちと「知り合い」になるところから始めなくてはならないかもしれません。それは大変根気のいることですが、一方でその過程で生じるいろいろな出来事は心躍ることが多いです。このフィールドワークで得られる喜びは、サルを対象とした研究でも、ヒトを対象とした研究でも同じなのかもしれません。


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