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Introducing New Staff 40

平仮名という世界


資料は世界中に。ライデン大学図書館にて

岡田 一祐
(2015年9月特任研究員着任)

わたしは,いつからか平仮名というものが気になっていました。

平仮名というものは,日本で育った方にはこどものころから目になさるでしょうし,日本語を長じて学んだ方にもいちばんに習う文字として親しんでいることと思います。その親しみやすさゆえなのでしょうか,漢字少年というのはいても平仮名少年というのはついぞ聞いたことがありません。

しかしながら,平仮名という世界はあんがいに奥深いものであるとわたしは感じています。ひとつには崩した字であるということ,またもうひとつには歴史的にはいろいろな形があったということは,平仮名を言語とのかかわりにおいて,また文字そのものとして奥深いものにしているというふうに思うのです。

平仮名は,漢字の草書体がもとになって9世紀ごろにできた文字です。平仮名の基層には,万葉仮名といわれる漢字だけで日本語を書き表す漢字の一用法がありました(『万葉集』が書かれていたということで有名です)。草書体から平仮名が生まれたときを決めることは,それじたいおもしろいテーマですが,ここでわたしが注目したいのは,平仮名が出自上崩した文字であることで,ひとつひとつの文字がひとつひとつの文字であるための要件が,崩していない文字のそれとどのように異なるのだろうかということです。

平仮名には歴史的にいろいろなかたちがあったということは,このこととおおいに係わりがあります。万葉仮名は,漢字を体系だてて借りてきたものではないので,ひとつの音をあらわす漢字にも自然と重複があり,結果として複数の漢字が平仮名の起源となります。また,草書体を起源とするために,ひとつの漢字をとってもいろいろな崩され方を通じて平仮名となります。そうすると,似たようなかたちをひとつひとつの文字とは区切れないように思われてくるわけです。

じっさいには,ひとの認識能力のなかで,有限の候補に落ち着くのですが,このようなあやふやに見える文字体系において,音と文字とがどのように結びついていたか考えるのはおもしろいことですし,世界の文字を考えるうえでも重要なことと考えています。言語と文字のつながりについて考えると,つい言語から見た文字という視点,すなわち音から文字を眺めがちなのですが,ぎゃくに,言語を二次元的に運ぶために文字はどういうはたらきをしているのかという,文字から言語を見はるかす視点というのも平仮名の研究では持ちやすいのではないかと思っています。

また,世界広しといえども,これほど「無駄」の多い文字体系もそうありません。どうやって「無駄」と付きあってきたかを考えるうえで,ひとつひとつの文字の関係はどのようであったのか,もととなった漢字の草書体と平仮名はどう違うのかなどなど,考えてゆくべきことはいくらもあります。平仮名にはそういう奥深さがあるようにいまのわたしは考えています。


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