言語の形態・統語分析においては、ambigous な現象、すなわち、同じ構文や形態についていくつかの異なる分析が可能である現象がみられることが珍しくない。こういった現象の詳細な検討は、特定の言語の記述に必要であるだけでなく、形態・統語理論における基本定義や、言語分析の方法一般、ひいては形態・統語構造の比較(歴史)研究においても、重要な意味を持つ。
本共同研究プロジェクトでは、アジア、太平洋地域の言語、アフリカの言語、またアメリカ・インディアンの言語、さらにはヨーロッパの言語を研究対象としている多くの専門家をメンバーとし、さまざまな言語におけるambiguous な具体例を持ち寄り、詳細を検討することを目的とする。全体として最終的にひとつの結論に到達することを目指すのではなく、異なる分析方法や視点をぶつけあうことで、参加者がそれぞれの研究内容を向上させられるような研究会を目指す。
言語の記述にあたっては、対象言語にみられる文法現象が例外なく記述された文法規則にあてはまるのが理想的な状況であるといえよう。ところが現実には、定義のはざまにおちこむさまざまな現象がみられる。たとえば、形態・統語論面において二通り(またはそれ以上)の分析が可能であることは珍しくない(例:モンゴル語の特定の構文の使役分析と受動分析、フィリピン諸語の統語構造のフォーカス分析と能格分析)。一方、通言語的にみると、同じ用語で記述されたものでも実質が異な(ってみえ)るものもある(例:タイ語における「語」とアメリカ原住民語における「語」)。
それぞれの現象は文法記述(文法理論)における定義の多様性に起因するものなのだろうか、もしくは文法現象の歴史的変化を反映しているのか、それともそこにはこれらと性質の異なる言語に関する事実が隠れているのだろうか?
本プロジェクトでは、文法記述において先行研究における定説とは異なる分析がより適切であったり、データが定義にすっきりと当てはまらない具体的な例をとりあげ、具体的なデータを見ながらその示唆する内容について考察する。このために、類型論的にも地理的にも多様な言語を専門とする研究者をメンバーとする。