共同研究プロジェクト
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マレー世界の地方文化
研究実施期間 : 2005年度〜2009年度

主査  新井 和広

概要

 国家としてのインドネシア、マレーシアを包含する広義の「マレー世界」の多様な地方文化に関する人類学的な研究はこれまでも行われてきた。しかし、多くの地方に残る現地語文書に関しては、人類学、歴史学いずれの分野からも着目されていない。これらの文書の中には、各地方の文化の形成や変遷に関する興味深い資料が含まれており、あらたな資料の宝庫である。本計画は、これらの文書を中心に、地方文化の形成過程に関する研究を行うものである。本計画は以下の事業と組み合わせて行う。
  1) インドネシア文献学に関する研修を行い、専門研究者の育成、再訓練を行う。
  2) インドネシア科学院との共同研究事業の一部として実施する。
  3) 短期共同研究と組み合わせ、参加する若手研究者を公募する。


2006年度

 20052006年度は、外国人客員を中心にインドネシア文献学に関するセミナーを定期的に開催するとともに、ジャウィ文書ならびにジャワ文書の研究に焦点を当てる。

研究会

 2006年度第3回
 日時 : 2006年10月21日(日) 10:30〜18:00
 場所 : AA研マルチメディア会議室(304室)
 プログラム :
  1)山本博之(京都大学地域研究統合情報センター)
     「ローマ字によるジャウィ文献目録構築の試みと課題−−
               『カラム』誌のデジタル化プロジェクトを例として」
  2)菅原由美(天理大学)
     「アチェ写本調査報告:アリ・ハシミ教育財団所蔵カタログ出版などを例に」
  3)新井和広(東京外国語大学AA研)
     「2006年夏のジャウィ文書調査報告:
        アチェの在地文書とインドネシア国立図書館所蔵ジャウィ定期刊行物」
  4)全員
     「ジャウィ文書講読:『カラム』誌創刊号序言 pp. 3-4」

 2006年度第2回

 日時 : 2006年7月2日(日) 10:00〜17:00
 場所 : AA研セミナー室(301室)
 プログラム :
  黒田景子(鹿児島大学)
   「パタニを表象するものーWeb上の南タイ分離主義運動」
  ジャワ文献講読

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 2006年度第1回

 日時 : 2006年5月21日(日) 10:30-18:00
 場所 : AA研セミナー室(301室)
 プログラム :
  新井和広(AA研)
   「ジャウイ購読文献の紹介・提案」
  西尾寛治(東洋文庫)
   「2005年アチェ調査報告」
  青山亨(東京外国語大学外国語学部)
   「2006年2月スンバワ島調査報告」
  新井和広(AA研)
   「2006年1-2月ハドラマウト調査報告」【報告の要旨】

【報告の要旨】

1.本プロジェクトの今後の進め方について:ジャウィ講読文献の紹介・提案

 本年度よりプロジェクト主査が変更となったため、新たな主査である新井和広からその経緯に関する報告があり、その後、今後のプロジェクト進行に関する話し合いが行われた。基本的な路線に変更はなく、ジャウィ文書講読に関しては各雑誌創刊号の序言を読み進めていくこと、また本プロジェクトの成果についてはジャウィ定期刊行物リスト作成を中心とすることが確認された。
 講読文書については昨年度の『al-Huda(アル=フダー)』に続き、本年度はシンガポールで発行されたジャウィ雑誌、『Qalam(カラム)』をとりあげることとし、共同研究員の山本博之氏にテキストの提供を依頼した。

2.2005年12月-2006年1月アチェ・クアラルンプール調査の報告

 今回の調査目的は、ムラユ語写本の収集・保存状況の調査と現地(アチェ)スタッフのムラユ語写本に関する予備調査見学である。
 アチェではアチェ州立博物館 (Museum Propinsi Nanggoroe Aceh Darussalam) での調査に始まり、アチェ州立博物館員によるバンダ・アチェ市内及び近郊でのムラユ語やアチェ語の写本調査への同行、バンダ・アチェ近郊の史跡見学を行った。アチェでの調査において確認された写本の内容は大半がキターブ・ジャウィ(ジャウィで表記されたイスラーム関係文献のムラユ語翻訳書)であり、それには17世紀に活躍したヌルッディン・アル・ラニーリーやアブドゥル・ラウフ・アル・シンキリの著作も多く含まれる。また、コーラン等のアラビア語の写本やヒカヤット等も若干存在している。写本は概して保存状態が良く、写本を所持する現地住民の手によってカバーをかけて大切に保存している物もあった。調査に同行した際に、調査を行っていたアチェ州立博物館のスタッフが、職務の重要性を認識し、資金的援助が乏しい中でも精力的に活動している姿勢が強く印象に残った。
 クアラルンプールではマレーシア国立図書館においてアチェ写本を中心に写本の調査を行い、インドネシア各地から収集された写本も所蔵されている事、ムラユ語写本のカタログ刊行によって写本情報が公開されている事も確認した。
 今回の調査によって、写本がアチェの民家、骨董品店といった公的機関以外に多数存在することや、現地の人々がそうした写本を調査・保存しようと取り組んでいる状況が明らかになったと同時に、こうした取り組みに対する日本側の一層の支援の必要性を感じた。

3.2006年2月スンバワ島調査の報告

 スンバワ島は小スンダ列島西部、西ヌサ・トゥンガラ州に位置し、西側からスンバワ県、ドンプ県、ビマ県に分かれ、言語的には西側がササック語に類似したスンバワ語圏、東側がフローレスの言葉に近いビマ語圏となっている。
 スンバワ島西部に位置したビマ王国は17世紀にイスラーム化が進み、日本軍政期まで代々スルタンが統治しており、スンバワ島西部に位置する現在のスンバワ県知事はそうしたスルタンの子孫である。
 旧ビマ王宮所蔵の写本は、目録(Mulyadi,S.W.R. and Maryam R.Salahuddin.1990,1992. Katalogus Naskah Melayu. Vol.1-2.Bima:Yayasan Museum Kebuadayaan ”Samparaja Bima”.)での掲載点数が168点に上る。写本自体は現在、ロンボク島マタラムのマリヤム氏の自宅に移転している。写本で使用されている言語はアラビア語、マレー語、ビマ語であり、使用文字はアラビア文字、ジャウィ文字、インド系のビマ文字である。写本の数としてはジャウィ表記のマレー語で書かれた写本が一番多い。写本の内容別の数については、「記録(Bo;オランダ語のboek)」の数が一番多く、目録掲載数のほぼ半数である76点を占め、次に多いのは「祈祷・教学(Doa dan Ilmu Agama)」の32点である。その他に「系譜(Silsilah)」、「決定(Surat Keputusan)」、「条例、条約、契約(Surat Peraturan, Perjanjian, dan Kontrak)」といった種類の文書が10点を超える。
 調査によって、ビマの写本の様に未だ余り知られていないジャウィ文書の豊富さを再認識させられると共に、今後豊かな研究可能性を持つジャウィ文書の基礎的な実地調査の重要性も再確認した。

4.ハドラマウトの聖者廟に関する基礎調査: 2006年1-2月ハドラマウト調査の報告

 今回の調査目的は、ハドラマウトにある聖者廟の場所、被埋葬者、参詣日といった情報のリスト作成と、聖者廟をめぐる人々のネットワーク解明である。政治的に不安定であった過去のハドラマウトにおいて、「聖者」と呼ばれる人々は単にイスラームに関する知識を持つだけではなく、抗争中の部族の仲裁を行うことでその権威を保っていた。彼らの死後建てられた聖者廟に関しても、そこへの参詣行事は近隣部族が集い、物と情報を交換する場として機能していた。このような過去の聖者・聖者廟の機能と比べると、現在の聖者廟参詣は慣習として行われているに過ぎないが、依然として人々が集う場となっている。
 今回の調査は、数百とも言われているハドラマウトの聖者廟リスト作成のための予備調査と位置づけられ、主要な町で文字通り足を使って廟を探索し、おおよその位置に関する情報を書きとめた後に写真を撮影するということを繰り返した。この結果、特に発表者の印象に残ったのは、サイイド以外の人物のために建てられた廟も多いということ、女性の聖者に対する廟建設や参詣行事が行われていること、崩壊しかかった廟が多いことなどである。また沿岸部の主要都市シフルでは、参詣者が一度の訪問で複数の廟を巡ることができるように参詣日が連続した日程で組まれていることも明らかになった。廟の改修資金に関しては海外からの資金が活用されており、埋葬されている聖者と同じ家系出身の人物が資金を寄付することが多い。
 このような聖者・聖者廟の機能は、ハドラマウトの人々が東南アジア島嶼部に移住した後どのように変化したのか、また東南アジアに建設されたハドラミー聖者廟の機能はハドラマウトのものとどのように違うのか等も今後の調査の課題としたい。
 この報告に対して出席者からは様々な質問や意見が出され、聖者廟の建設意図を問う質問に対しては、聖者廟の建設は部族の仲裁といった死者以外の人々にとって重要であるという回答がなされ、聖者廟修復には雇用の創出といった社会的機能があるのではないかという指摘に対しては、聖者廟と聖者廟がある地域から出た移民の数との相関関係が存在する可能性があるとの考えが示された。また、インドネシアの聖者廟で見られる貧者救済といった現世利益を求める側面をハドラマウトの聖者廟参詣と比較する意見なども出た。                            
   (新井和広)




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プロジェクト・メンバー
[主 査] 新井和広
[所 員] 宮崎恒二、塩原朝子、床呂郁也、ティティク・プジアストゥティ
[共同研究員] 青山亨、奥島美夏、川島緑、久志本裕子、国谷徹、黒田景子、小林寧子、塩谷もも、篠崎香織、菅原由美、坪井祐司、東長靖、冨田暁、中田考、西芳美、西尾寛治、オマール・ファルーク、服部美奈、水上浩、山口裕子、山本博之