第5回コロキアム「フィールドサイエンスと空間情報科学(3)」

「エージェントシミュレーションによる先史人類生態の評価:フィールドGISからSTISへ」
 津村 宏臣(同志社大学文化情報学部)

人類が認識しうる世界を記述する方法を考えるとき、その“場”の情報をできるだけ遺漏無く取得して、世界を再構築する技術的解題は、すでに、GPSといった情報取得技術やGISといった情報処理技術によって達成されてきた。人類学を始め、人文社会科学領域での応用も、実践事例を踏まえた具体的な研究が増えつつある。だが、今一度我々は、そうした技術に寄り添うことの「何が」科学的でありで、それは「どのように」適用すればよいのかを考えなくてはならない段階にある。単に、時空間の記録が数字になること、時空間の関係が数理解析によって描き出されることが科学的なのではない。

GISや類似の技術で描き出される世界は、誰にとってもリアルな世界ではない。GISで描き出される世界を、我々は丹念な情報化と的確な技術によって、サイバーからヴァーチャルに昇華させていく。しかし、その世界の外からその世界を見ることはできても、その世界の中からその世界を分析することはできない。では、どのようにその世界を見るのか。

本報告では、GISによって構築された先史時代の世界を、その中に“エージェント”と呼ばれるヴァーチャルなヒトを配置し、そのヒトに単純な行動のルールを与えることによって、時空間と対人関係のコンテクストの変化(つまり、個別のエージェントの“世界”の変化)に対し、どのような行動生態が見られるかを、シミュレーションによって明らかにする研究を紹介した。現代の人類の行動の予測は困難であるが、先史時代の場合、より古い過去からより新しい過去への遺跡実体の変遷が明らかになっており、シミュレーションを繰り返し演算させることで、エージェントに与えた行動のルールとパラメータがそのように収束するかを分析した。時間と空間を情報化し、その世界にヴァーチャルなヒトを実在させ、その行動を外部から観察する、という方法論である。

記述や方法の「科学性」について、経験による「確証(実証:verification)」が重要なのではなく、その事象に対する“確からしさ”の「反証(falsification)」が成立しない場合に、私たちはそれを検証されたものとして受け入れている(accept)、あるいは受け入れを決意している(decision)にすぎないとポパーは述べた。その意味で、時空間情報科学(Spatiotemporal Information Science)とフィールドサイエンスが歩みを共にするとき、パラメータの変更や行動ルールの多様性の検討などのある種の反証可能性を携えたエージェントシミュレーションなどの有用性と限界について、人類学の立場から議論が深化されることが理想的だろう。