第4回コロキアム「文理越境型フィールドサイエンスの可能性」

「フィールドワークの効用: サルの観察から実践人類学まで」
 亀井伸孝(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

報告者は、修士課程で霊長類学(ニホンザルの調査)、博士課程で生態人類学(アフリカ熱帯雨林の狩猟採集民の子どもたちの調査)、その後はおもにアフリカのろう者コミュニティを対象とした文化人類学/言語人類学的な調査にたずさわってきた。最近では、国際開発研究者らとの共同研究や、大学講義でのワークショップなどを通して、フィールドワークという調査法の特性をさまざまな実践的場面に活用することを試みている。本報告では、異分野を架橋/越境する使命感もないままに、魅力的なテーマと対象に誘われるかたちで諸分野の調査を経験した報告者の観点から、フィールドワークという調査法の特性と同時代における効用に関わる議論をしてみたい。あわせて、文理の領域をとわず、フィールドワークに基づく研究・教育を振興していくための提言を試みたい。

自分の研究歴を振り返ると、調査地、対象、使用言語、分野などはそのつど変わってきたが、いずれもフィールドワークに基づく研究という点で一貫している。どの対象にもそれなりにのめり込んで調査をしており、擬似的な当事者意識による理解を目指してきた。ニホンザルの群れの中にいたときも、「私ひとりだけサルではないのか…」という一抹のさびしさを感じたことさえある。また、対象集団に参与観察し、いつも身近にいてなじんでもらうこと、数えたり測ったりして定量的な把握を心がけること、スケッチをまじえて視覚的に記録することなど、基本的な調査のスタイルは変わっていない(亀井, 2005)。

現在の取り組みのひとつとして、アジア経済研究所での共同研究「障害と開発」がある。近年の障害をめぐる開発研究は、障害をもつ個人よりも、その個人を取り巻く環境に関心を寄せる傾向がある。これは、実は生態人類学(狩猟採集などの生業を営む集団において参与観察をし、人と環境の関わりを定量的に把握しようとする研究分野)とほとんど同じことをしようとしているということに気付き、開発研究で参与観察を効果的に活用することを提言している(亀井, 2008)。

また、大学の講義で、模擬フィールドワークのワークショップを用いた異文化理解教育に取り組んでいる。いっさい解説が付かない子どもたちの遊びの風景の映像を流し、各自で記録をとる練習をしてみたり、音声を消去したビデオを上映して模擬聴覚障害体験をし、問題解決方法を自分たちで考えてみたりするなどの授業をしている。異文化や他者を断片的な伝聞情報によって学ぶのでなく、自分がその場に身を置いて状況を把握し、思考する姿勢を養うことがねらいである。

さらに、フィールドワークの実践性に関わる研究をしている。質問紙、電話、インターネットなどによる調査と比べると、フィールドワークは対象者との関わりにおいて、きわめて多様なチャンネルをもっている調査法であると言える。フィールドにおける支援や提言、共働などの側面も含めた、フィールドワーカーの個人的アクションの多様性と有用性をテーマとした論集を刊行した(武田・亀井編, 2008)。本書は「挨拶をする」から「笑われる」まで、現場での調査者のアクションを322項目立項したさくいんをそなえており、対象者との多様な関わりの中で理解を深めようとするこの調査法の特性を浮き彫りにしている。こうした個人的アクションを蓄積し共有することは、新しい調査法を開発するためにも意義深いことであろう。

フィールドワークの効用をまとめると「(1) 現地で一次資料を入手できること」、「(2) 長期間をかけて緻密な理解ができること」、「(3) 現場から立ち去れないためにその場で思考すること」などが指摘できるであろう。とくに、自分の視点を対象集団の中に移動させ、擬似的な当事者意識によって深く理解するという (3) の特性は、フィールドワークの効用の最たるものではないかと考える。

今後のフィールドワーク振興のために、効果的な教育を工夫したい。教室で手軽にできるワークショップなども含めた、フィールドワーク教育実践の情報交換ができる場があるとよいと思う。一方、時間をかけてこそ理解できることがあるというのもフィールドワークの重要な特性であり、長期調査の存在と必要性を示し続けることも欠かせないであろ

  • 武田丈・亀井伸孝編. 2008.『アクション別フィールドワーク入門』京都: 世界思想社.
  • 亀井伸孝. 2008.「途上国障害者の生計研究のための調査法開発: 生態人類学と「障害の社会モデル」の接近」森壮也編『障害者の貧困削減: 開発途上国の障害者の生計 中間報告』千葉: 日本貿易振興機構アジア経済研究所. 31-47.
  • 亀井伸孝. 2005.「フィールドで絵を描こう: 社会調査のためのスケッチ・リテラシー」『先端社会研究』(関西学院大学21世紀COEプログラム) 2: 95-125.