第14回コロキアム ワークショップ「データと論文の間―フィールドサイエンスにおける論証とは」

「学際研究のおもしろさ:『パプアニューギニア高地人がサツマイモを食べて筋肉質になるのはなぜか?』プロジェクトを事例に」

梅崎 昌裕(東京大学大学院医学系研究科 人類生態学教室)

パプアニューギニア高地には、エネルギー摂取量の80%近くをサツマイモでまかない、現代栄養学の基準に照らせば明らかにタンパク摂取量が不足していると判断されるにもかかわらず、大きな筋肉を発達させる人びとが暮らしている。彼らは、「低タンパク適応」の状況にあると考えられ、その機序を明らかにするための栄養学研究が1960年代から続けられてきた。1990年代までの研究で、腸内細菌が何らかの栄養機能をもっている可能性が指摘されてきたが、全貌は明らかになっていない。


2000年ごろまで、人間の腸内細菌の研究は、感染症の原因となる病原性細菌および一部の通気性菌を対象にしたものに限られていた。その背景には、大部分の腸内細菌はただ腸管に存在するだけで何らホストへの影響 を及ぼしてないと信じられていたことがある。そもそも、腸内細菌の大部分は難培養性の嫌気性菌であり、腸管内にどのような細菌がどのくらい存在するかという、基本的な状況すら明らかではなかった。ところが、最近になって、腸内細菌が人間の栄養状態および健康状態と密接に関連していることを示す研究が多く発表されるようになった。たとえば、肥満の人間のもつ腸内細菌叢を移植したマウスは肥満になるリスクが高いこと、クワシオコルという成長障害を発症した子どもがもつ腸内細菌叢をマウスに移植したところ、そのマウスがクワシオコル様の成長障害の症状をみせたことなど報告されている。どのような腸内細菌をもっているかによって、個人が肥満になるリスク、または栄養障害を起こすリスクが異なるのであれば、腸内細菌を入れ替えること、あるいは腸内細菌を変容させることが、個人の栄養状態改善のための治療行為として成り立つことになる。


演者は、平成22年度より内閣府の最先端・次世代研究開発支援プログラムの研究助成により、パプアニューギニア高地人が明らかにタンパクの不足した食生活にもかかわらず大きな筋肉を発達させるメカニズムを腸内細菌の役割に着目しながら解明することを目的としたプロジェクトを実施してきた。このプロジェクトには、フィールドでのデータ・サンプルの収集という人類学者の得意とする仕事と、自然科学者が実験室で実施する最先端の解析が混在している点に特徴がある。世の中には学際的なアプローチでないと解決できない研究課題は数多いが、本当の意味での学際プロジェクトはそれほど多くない。学際的なプロジェクトの遂行はおもしろいけれども、やはりそれなりの工夫はいるという話をさせていただきたい。