第11回コロキアム 「人類学における自然/環境研究の可能性」

「気候変動の極北人類学をめぐる考察:レナ川中流域の事例と学際協力に関わる展望」
 高倉 浩樹(東北大学)

近年の極北人類学において中心的な議論になってきたのは、気候変動の人類学である。海氷などを生活空間とする極北先住民にとってその身近な環境の変化はすぐに感知されるものであり、人類学者はそれにかかわる証言や在来知の可能性、適応と脆弱性等を検討することで、自然科学者による環境観測と評価、社会科学者による温暖化対応政策を含む広い意味での気候変動の科学の一端を担ってきた。地球温暖化は高緯度地方においてより高い温度上昇をもたらし、その影響は海氷を含む水循環に現れ、これが全球気候システムに作用する。この点で水環境と人間生活の関係は人類学が貢献可能な知見として着目されてきた。この文脈において従来、北米極北先住民と海氷・海水との関係は重要な研究史となっている。本稿はこれに対し、ユーラシア極北のレナ川に着目し、その水系にある陸水=河川湖沼氷と人間生活の関係について焦点をあてる。全長4000キロを越えるレナ川は10月から4月の間全面凍結するが、上流がバイカル湖、下流が北極海にあるが故に、春先にはアイスジャム洪水・雪どけ洪水を発生させながら融解するという特徴をもつ。北極海にそそぐ真水の量は膨大で、地球規模の大気循環に大きな影響を与えるという意味で重要な陸水圏となっている。この凍結と融解を繰り返す水環境において地域住民はどのような文化的適応を形作ってきたのかについて詳述するのが第一の課題である。と同時に近年強化されている春洪水の対策について紹介するとともに、地球温暖化がどのようなかたちで地域社会に影響しているかについて検討する。その上で、気候変動の人類学における文理融合・学際協力のもつ意義についても提示したい。