第8回コロキアム 「グローバリゼーションと人類学の可能性(2)」

「未来の二つの顔に
 モノの議会とイヌイトの先住民運動にみるグローバル・ネットワークの希望」
 大村敬一(大阪大学 准教授)

今日、グローバリゼーションという名で知られる歴史現象の結果として、人間と非人間(モノ)のハイブリッドなネットワークが、政治・経済・社会・文化のあらゆる側面を横断する「産業資本制の市場=近代国民国家=テクノサイエンス」の複合体として全地球を覆っている(cf 大村 2010a; ラトゥール 2008)。このネットワークは私たちが生き る世界を全地球規模にまで拡大し、そこでの生活をかつてないほど便利で豊かなものにしてきた。そこでは、飛行機をはじめ、様々な交通機関によって世界中のどこにでも行くことができ、電話やコンピュータ・ネットワークなどの通信手段によって世界中のどことでも、今ここで話しをすることができる。さまざまな物品と情報が世界中を流通し、ここにいながらにして、それらを手に入れることができる。こうした私たちの便利で豊かな生活は全地球規模で拡大したネットワークなくしてはありえない。

しかし、このグローバル・ネットワークがさまざまな問題を引きおこしていることも事実である。1980年代末、「壁」が崩壊し、冷戦が終結して以来、人間と非人間の流れが制御不可能になり、市場が暴走をはじめて南北格差が深刻になっていった。その過程で地球環境問題と人口問題と貧困問題が表面化し、AIDSをはじめとするさまざまな新たな奇病など、撲滅したはずのパンデミックがかつてない規模で復活していく。今や暴走するネットワークが生産した副産物や廃棄物は、ネットワークから漏れだして全地球規模の環境汚染と環境変動を引きおこしている。しかも、このネットワークの恩恵を受けているのは、先進世界と呼ばれる豊かな世界に暮らすごく少数の人々にすぎない。人類の大多数は環境汚染と貧困に喘ぎ、頻発する低強度紛争の犠牲になるばかりである。グローバル・ネットワークが全地球規模に展開すればするほど、南北の格差が拡がり、その格差に基づく争いが拡大してゆく。

こうしたグローバル・ネットワークの問題点を解決するためには、どうすればよいのだろうか。この発表では、この問いに対して二つのアプローチから考える。

そのアプローチの一つはネットワークの持続的な拡張を望むネットワークの内部の立場であり、フランスの人類学者のラトゥールの「モノの議会」のアイデアにはっきりとあらわれている。ラトゥールは全地球規模に拡張したグローバル・ネットワークの内側の視点から、そのネットワークの拡張を維持し、そこに「異国の文化」と「環境」をさらに取り込んでゆくためには、ネットワークそれ自体を議論の対象とする代表制民主主義の議会、つまり「モノの議会」を導入すべきであると説説く。

もう一つのアプローチはネットワークに呑み込まれて埋没してしまうことに抗する外部の立場であり、この発表で取り上げるカナダ極北圏の先住民、イヌイトがグローバル・ネットワークに対して取っている姿勢に端的にあらわれている。現在、イヌイトはグローバル・ネットワークに半ば呑み込まれつつも、完全には呑み込まれまいと抗いながら、カナダという国民国家の法の遵守と自らの価値体系を両立させるために、ネットワークの内側の制度である議会と政府にその外部の価値体系である「イヌイトの知識」を組み込むべきであると主張している。

このように、グローバル・ネットワークが引き起こしている問題をめぐって、ネットワークの拡張を維持したい内部とそこに呑み込まれまいとする外部という対照的な二つの立場があるという事実は重要である。これらの相反する立場をともに満足させねば、グローバル・ネットワークが引き起こしている問題を真に解決したことにはならないからである。ラトゥールの「モノの議会」によってグローバル・ネットワークの問題が解決され、ネットワークの拡張が維持されたとしても、イヌイトがそのネットワークにただ一方的に呑み込まれて吸収されてしまうのであれば、外部に対するネットワークの暴力性も同時に維持されてしまう。逆に、イヌイトが議会と政府に自らの価値体系を組み込むことに成功したとしても、グローバル・ネットワークの問題点が解決されず、ネットワークが崩壊してしまえば、その議会も政府も消えてしまうのだから、何のためにそのような修正をしたのかわからなくなってしまう。

それでは、この内部と外部の立場を同時に満足させる解決策はありうるのだろうか。この発表では、この問いについて考える。そのために、この発表では、この内部と外部という二つの立場からのアプローチ、すなわち、一つには、内部の視点からグローバル・ネットワークを修正しようとするラトゥールの「モノの議会」というアイデア、もう一つには、ネットワークに部分的に取り込まれつつも外部の立場を維持しようとするイヌイトの先住民運動の挑戦を検討する。そして、ネットワークの内部と外部という二つの立場を同時に満足させるためには、「グローバル・ネットワークの議院」と「在来ネットワークの議院」から成る「モノの二院制議会」に「モノの議会」を修正し、その議会に外部の多様な価値体系を組み込んでゆく必要があることを示す。