2017年度第1回ワークショップ「リスク・ハザード・レジリエンス」

「当事者間の問題点共有接近法による新たなフィールド・サイエンス─ケニア・マサイマラと静岡県中山間地域を連接するespプロジェクトの事例から」

湖中 真哉(静岡県立大学教授)

 本報告は、「当事者間による問題点共有接近法(Issue Sharing Approach between Parties)」という新たな開発人類学的民族誌作成手法を提示することによってフィールド・サイエンスの在り方を再考することを目的とする。

 この手法は、1)「ライティング・カルチャー・ショック」以降の民族誌批判、2)障害学の当事者研究、3)複数地点の民族誌、4)参加型開発の4つを批判的に融合した研究技法である。当事者同士の対等な関係に立脚して、調査者/被調査者、支援する側/される側、主催者/参加者といった非対称的二分法を打破し、問題点を共有しながら深化させることを目指す。

 具体的には、静岡県の住民と東アフリカの遊牧民の両者が、獣害対策等の共通する諸問題に対して、同じ里山環境に生きる当事者としてアプローチする実験的諸活動(esp: e-satoyama project)を試み、その過程をフィールド・サイエンスの方法論として検討した。

 フィールド・サイエンスには予測不可能で開かれた態度が不可欠であり、研究、調査、支援の在り方自体のレジリエンスを考えねばならない。本プロジェクトでは、明確な目的による首尾一貫したプロジェクト運営ではなく、「試行錯誤の積み重ね」によるプロジェクトの運営を試みている。

 また、フィールド・サイエンスはボトムアップ(bottom-up)型の性格を持つ。これに対して、当事者間の問題点共有接近法は、研究共同体にむけて、学術的な意味での研究成果に「アップ」ぜず、むしろ、ボトム間で横にデーターを共有する(bottom to bottom sharing)ことを試みる。そのためには「民族誌」の概念を拡張する必要があり、本プロジェクトでは、「民族誌的リーフレット(ethnographic leaflet)」作成を試みている。

 「ライティング・カルチャー・ショック」に代表される従来のフィールドワークや民族誌に対する捉え方は、調査者と被調査者の関係性を動かし得ないものとしていったん二項対立的に措定して受け容れた上で、調査者の権威を批判したり相対化したりすることで、対称的な関係性を主張していた。また、「書く」ことのみが目的として措定されていた。

 これに対して、「当事者間の問題点共有接近法」は、当事者的視角を導入することによって、調査者と被調査者の二項対立的な関係性そのものを崩していく。また、プロジェクトの目的は「書く」ことから「問題点を共有する」ことへと移行する。そして、問題点を共有することによって多様なアクター間を結び、当事者の範囲を拡張することで、新たな現実を創り出していくのである。