連続ワークショップ第2回
「データと論文の間―フィールドサイエンスにおける論証とは」

「エスノアーケオロジー(スト)の可能性と限界-遺物と行動とをつなげる試み-」

野林 厚志(国立民族学博物館)

 本発表の主題は、考古学資料の分析結果から過去の人間の行動や社会を推論するための方法論的な議論の重要性を論じることである。科学的な論証は、ある仮説があり、それを実証するための調査、研究が行われ、得られた結果が仮説を支持するものか否かということが評価されるという過程を通して、仮説の正当性が探究される。これは自然科学の分野ではごくごく当たり前の手続きであるが、人文系の研究分野では必ずしも馴染みのあるアプローチではない。しかしながら、既知の事実、研究成果をふまえたうえで、それをのりこえることによって発展するという学術研究の性質に鑑みれば、仮説−検証−評価−新たな仮説という一連の流れは人文社会科学においても意識される必要がある。

 こうした研究の進め方は記述主義に陥りがちな考古学において重要であり、そのことは欧米を中心にミドル・レンジ・セオリー(middle range theory)とよばれる理論構築をもって図られてきた。考古学資料、すなわち、ものを分析するための理論と方法、人間の行動、すなわち、行動を分析して社会を解釈するための理論と方法に対して、その両者を連結させる理論と方法の構築である。

 従前の理論を支える方法論的研究の一つが、エスノアーケオロジーである。エスノアーケオロジーとは現在の人類集団の中にはいり、そこで実践される行動とそこから生じる物質的記録の両者を記録、分析し、行動と物質との関係を導く研究手法である。筆者は遺跡から出土される動物遺存体の属性から、過去の人間の行動を復元するためのエスノアーケオロジー調査を台湾で行ってきた。

 筆者が提示した一つの仮説は、狩猟方法の違いによる捕獲個体の齢構成の違いである。台湾で行われていたエスニシティの異なる2つの集団に属するそれぞれの狩猟者は罠猟と追跡猟のそれぞれ違う狩猟方法を採用していた。留意すべきなのは、それぞれの狩猟方法が採用されていた背景には、集団の社会組織の違いが少なからず影響を与えていたという点である。世襲制の階層社会においては、霊的能力をもつ貴族層の成員や社会を統合する首長には一定の猟果が求められて、罠猟が行われていた一方で、形式的な首長制をもつ別の社会では、個人の実力を可視化させる手段としての狩猟活動が奨励されており、追跡猟による比較的大型の個体を捕獲する志向が認められた。

 すべての狩猟者にこうしたことが当てはまるとは限らないが、社会的な秩序の原理を狩猟方法が反映することは注目すべき点であり、記述中心の考古学研究から、過去の社会の動態を論じる考古学研究へ進展する一つの可能性を展望するものである。