『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
6. 悲喜こもごも、しきたりとレジャー ----- イスラーム世界は神秘的か
Q75: イスラーム教徒の結婚式や葬式はどうなっていますか。

A75: 日本では、人生の重要な通過点とその儀式を冠婚葬祭と言いますね。イスラームの冠婚葬祭は、と考えると、まず、「冠」にあたる成人の節句を祝う儀式は見当たりません。個々人の身体的・精神的成長を周囲の人々が見て「もう大人である」と適宜判断するようです。一般的に社会行為に責任が持てる、ということに加えて、礼拝をきちんとできる、断食に堪えうる、また、男性ならば聖戦に参加できる、等がイスラーム特有の成人の証であるといえるくらいでしょうか。

私たちは、成人、そして結婚、という順序を考えますが、イスラームでは、結婚可能の年齢については、預言者やその妻アーイシャの年齢を目安にするとはいえ、法学派によって見解がいろいろ異なり、今日では国によって異なります。

結婚は基本的に花婿と花嫁の側(花嫁とその近しい男性親族である代理人)の間の契約です。イスラーム圏では一般に男女の隔離が厳しいため親族やら知人を介して良縁を求める「お見合い」式が多数ですが、それなりに、一目惚れしたり見初めたり、という出会いを経た「恋愛」組もいます。適当な相手をみつけると、花婿側と花嫁側で結婚の条件が話し合われ、マフル(Q92参照)や離婚の条件などが取り決められます。

結婚の条件がクリアされることがわかると、花嫁側は「ヘンナのハンマーム」(Q78参照)に女性たちを招待し、入浴してヘンナをつけたりむだ毛の処理をしたりして身支度をします。結婚式の当日、最近では洋風なウェディングドレスを着る人も増えていますが、伝統的な刺繍の入った花嫁の服やスカーフもそれは美しいものです。結婚式ではまず、契約をし、その後が披露宴です。地域によって形式は異なりますが、裁判官(カーディー)、イスラーム法に通じた学者や長老とみなされる人、証人、家族など複数の証人の立ち会いの下で契約書の内容を口頭で確認し誓いを述べて花嫁花婿が著名をします。そして音楽や食事つきの宴にうつり親類縁者で盛大に祝います。

結婚式の翌朝、花嫁が初婚である場合には、処女の証である血のついた布を示すことが求められます。これが示せない場合は花嫁が結婚の条件に違反したとして婚姻契約は破棄され、社会的に花嫁及びその家族の大変な不名誉とみなされます。エジプトの女性作家は処女であるのに体質的な理由で血の布を示せなかった花嫁の悲劇を報告しています。このために処女膜再生手術まで行われるといいますが、わかる範囲ではイスラーム法に処女の証の規定はみあたりません。イスラーム世界で広く見られるとはいえ、どうやら風習以上のものではないと考えられます。

葬礼は、遺体を土葬にしなくてはならない(Q76参照)ので急いで執り行われます。遺体は洗浄して白い無地の布で覆います。その後、モスク(礼拝所)に運び、遺体を説教壇(ミンバル)と礼拝の導師(イマーム)の間に安置して、礼拝が執り行われます。この際通常とは異なり立ったままで礼拝が行われます。礼拝終了後、遺体を棺架に載せ葬列をなして墓場へ運びます。遺体はお棺にいれるにせよいれないにせよ右脇腹を下にし、顔をメッカの方向に向けて寝かせて埋めます。墓石は最も簡素な場合煉瓦ひとつです(Q77参照)。

「祭」にあたる祖霊をまつる儀礼はイスラームには基本的にありません。死後七日目に集会をしてコーランを詠んだり、埋葬後何日目かに墓参りをしたり、死後四〇日目に追悼の会をひらく例も見られますが、確固とした規定があるわけではないようです。一周忌に当たる日に故人を偲ぶ会を催す人もいますがこれもイスラームの規定にはありません。

イスラーム世界の通過儀礼として冠婚葬祭以外に無視できないのは割礼です。割礼とは性器の一部を除去する施術と儀礼のことです。コーランに割礼への言及はないのですが一般に男性イスラーム教徒は包皮を切りとる割礼をすべきと考えられています(ちなみにユダヤ教とや東方キリスト教の信者も割礼をします)。男の子が生まれたら、生後七日目か七〜一二歳の間に適当な日を選んで施術します。以前は、割礼の日には行列でねり歩いたり饗宴を行ったりし、床屋が施術にあたっていたのですが、現在では病院で手術することが増えているようです。ナイル川流域では、女性にも割礼を施す例があり、フェミニストの非難をあびていますが、これは、イスラーム教徒全体から見たらごく少数者のケースです。
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