『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
5. 日常の暮らしぶり、生きざま ----- 「とてもつきあえそうにない」は本当か
Q73: トルコでも「トルコ風呂」は風俗営業なのですか。

A73: トルコ共和国に、日本のような風俗営業、というビジネスの分野や、それを律する風俗営業法があるかどうかはわかりません。しかし、今日ではソープランドと名を変えた「トルコ風呂」は、トルコの公衆浴場とかなり違うことは確かです。

トルコ風呂、なるものは、どうやらアメリカでターキッシュ・バス(Turkish bath)と命名したものをトルコ風呂と直訳して日本に導入したものをトルコ風呂と直訳して日本に導入したことから始まったようです。そして、トルコ共和国側の抗議により、ソープランドとなったいきさつに説明の必要はないでしょう。

まず、日本でいうトルコ風呂とトルコの公衆浴場との基本的な違いは、トルコでは男女の別がはっきり分かれており、女性が男性のマッサージなどに従事することがない点です。

トルコの公衆浴場は、大半が湯気のもうもうと立ちこめた蒸し風呂です。男性には男性の、女性には女性の垢すり兼マッサージ係(キセジ)がいて、入浴客の身体を洗ったりマッサージすることになっています。男性の場合、多くは、筋骨隆々とした男性に、かなりあらっぽくタワシで擦られたり、関節がボキボキいうほど引っ張られたり揉まれたりして、結果としては気持ちいいそうですが、その過程はかなりハードなようです。女性の方も、迫力あるオバサンの手で扱われるとのことで、いずれにしても、艶っぽさとは無縁だと考えてもらった方がいいでしょう(まあ、好みの問題はありますが)。

このような公衆浴場はトルコに限ったものではなく、北アフリカ地中海沿岸から西アジアにかけて多く存在していました。イランやトルコには温泉地として有名なところがあり、公衆浴場での療養を兼ねた入浴がつとに好まれています。これらは、ヘレニズム文明、古代ローマの優れた建築技術の遺産を継承し、清潔さを重要視して沐浴を規定(Q54参照)したイスラームのすぐれて都市的なアメニティーの歴史を示しています。

イスラーム都市において、ハンマーム(公衆浴場)は、マスジド(モスク、礼拝所)、マドラサ(学院)に次ぐ、重要な施設と考えられます。イスラーム特有の寄進財産の制度(ワクフ)で、その建物の保全と経営が支えられているところも多くありました。建築学の観点からいっても、各種煉瓦や大理石を積み上げ、精緻なアーチ型やドームを形作って美的な外様を示しつつも、排水、熱効率などを計算に入れて使いやすい形に仕上げているハンマームの設計は注目に価するものであるようです。

コーラン自体は「ハンマーム」について何も述べておらず、預言者が沐浴・入浴のための特別な施設を認めていたかどうかは、あやぶまれます。また、イスラーム法学者のなかにも、多くの人間が肌を露出し忌むべきこと(同性愛的接触)が行われかねない公衆浴場に否定的な見解を示す者もいましたが、おおむねイスラーム都市の住民たちは、公衆浴場での入浴を楽しんできたようです。

公衆浴場は、身体を清潔にするだけでなく、くつろぎと情報交換・社交の場でもあったのです。常に入浴客同士が礼儀正しく友好的であったわけではなく、悪戯をして服を隠して困らせたり、些細なことから口論に発展してつかみ合いになるようなこともあったといいますが、これらを含めて、日常生活のアクセントとして、公衆浴場へ行くことを楽しんでいた節があります。特に女性は外出する機会が限られていましたから、良い気晴らしでもあったのではないでしょうか。

今世紀に入って、近代的な上下水道の整備やプロパンガス・都市ガスの普及にともない、公衆浴場は減りつつあるようです。都市への流入民がけた違いに増え、都市の街区の住民のつきあい方も変わってきているようですし、家で蛇口をひねればシャワーが出る、という便利さにはあらがい難いものがありますから、やむをえないのでしょう。
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