『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
5. 日常の暮らしぶり、生きざま ----- 「とてもつきあえそうにない」は本当か
Q70: イスラーム教徒の主食はパンですか、ご飯ですか。ちなみにおかずは。

A70: イスラーム教徒は広い地域に住んでいますから、主食は住んでいるところによって違います。バングラデシュであれば米を多く食べるでしょうし、エジプトではパンが主食になります。アフリカや東南アジアの一部では芋類などが中心になるところもあるでしょう。

中東でよく見かけるのは、ひらべったい種なしパンです。アラブ圏では袋状になっているものもあります。ペルシア語、ウルドゥー語圏ではナーンと言い丸型やひしゃげた三角形をしています。最近は本格的なカレー屋さんで自家製の釜でナーンを焼いて出す店もありますし、東京のスーパーでも冷凍の「ナン」を売っているところがありますから興味のある人は試してみて下さい。

インド亜大陸より西の、中央アジア、イラン、トルコでもお米がとれて広く食されています。ピラフという言葉の語源はペルシア語なのです。ただし、あちらのピラフは、炊いた米を炒めるのではなく、お米以外のもの(肉・ハーブ・豆・野菜など)と一緒に炊きこんで作ります。鍋の底に出来る「おこげ」も喜んで食べます。

おかずの方も住む地域によってさまざまです。イスラームには食べてはいけないという食物規定はありますが(Q68参照)規定の範囲内であれば、コーランにも、「アッラーが授けて下さったお許しの美味しいもの、遠慮なく食べるがよい」(五章八八節)とあるように、食べることは大いに楽しんで良いのです。

中東の食べ物を主として説明すると、まず、有名なのはカバーブと呼ばれる串焼き肉でしょう。日本でもロシア経由で「シシカバブ」などが知られていますね。

また最近日本で「ヘルシー」な食品としてシェアを伸ばしているモロヘイヤは、エジプトではきざんでねばりをだしてうさぎのスープに入れて食べます。

うさぎは頻繁に食べるものではありませんが、肉類を家庭料理では、野菜・豆・根菜類と一緒にぐつぐつシチュー状に煮ることが多いように見うけられます。あちらでは炒める、という発想は乏しいようです。油を使うと揚げ物になります。イスタンブルに旅行した人は魚のフライを売っているのをみたでしょう。

海産物も背骨と鱗がある種類は食べられます。イスラーム教徒がインド洋の覇者であったこともあり、日本人旅行客に人気の島国モルディブなども住民の多数はイスラーム教徒で、魚も食べます。さすがに刺身はありません。肉・魚を生で食べることはめったにありません。

乳製品も豊富です。チーズ、ヨーグルトは、母体の動物によって、また、乳を発酵させ攪拌させる過程で幾段階にも分けて、それぞれ違う名の乳製品として出します。

中東の料理というと、エスニック料理→スパイシー、と想像されるかもしれませんが、パキスタンより西に行くと、涙が出たり、口から火をふきそうになるほど辛い料理はあまりありません。しかし、ハーブ類と香辛料の使い方はよく心得ています。

香辛料はイスラーム・ネットワークによって盛んに交易されましたが、イスラーム教徒にとって香辛料は調味料としてのみならず薬として大切にされたようです。イスラームの医薬学(薬屋についてはQ78参照)は医食同源を旨とし、食材を温・乾・湿に分け、身体に与える効能を想定していました。彼らは「健康」を、ギリシア科学にならって、四種類の体液―黄胆汁・黒胆汁・血液・粘液―のバランスの良い状態であると考え、この体液のバランスをうまくとるように食材や香料を選んで摂取しようとしたわけです。

ここで食糧事情についても少しふれておきましょう。イスラーム世界には、米を輸出しているパキスタン、インドネシアや食糧自給率一〇〇%を誇るトルコのような例もありますが、全体的に見ると、食糧自給率は下がってきています。FAO(国連食糧農業機関)の統計をみると、一九九三年の小麦の輸入国の七位から一三位がイスラーム教徒の多い国(ウズベキスタン、エジプト、パキスタン、モロッコ、アルジェリア、インドネシア、イラン)で、この七カ国で世界の小麦輸入量の二〇%以上を占める計算になります。また、米の輸入も一位イラン、三位サウディアラビア、四位イラクとなっています。これは、人口増加や石油収入の増加によって食糧消費が増えている割には農業開発はあまり進展していないせいです。都市で欧米風な輸入食品を楽しむ経済的余裕のある層と配給のパンで食いつなぐ都市流入民の格差はさらに社会問題化しそうです。
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