『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
7. 家族のきずなが強い理由 ----- 女性は抑圧されているか
Q93: イスラームでは四人妻が認められているそうですが、妻や子供の間にトラブルは起こらないのですか。

A93: 複数の人間のいるところには、常にトラブルが起きる可能性がありますから、起こらないとは言えません。

まず、四人の妻を認めている、と考えられているコーランの章句を紹介しましょう。
もし汝ら(自分だけでは)孤児を公正にしてやれそうもないと思ったら、誰か気に入った女をめとるが良い、二人なり、三人なり、四人なり。ただもし(妻が多くては)公平にできないようならば一人だけにしておくか、さもなくばお前たちの右手が所有しているもの(女奴隷を指す)だけで我慢しておけ。その方が不公平になる心配が少なくてすむ。(四章三節)
この章句は基本的に、孤児(後見人を亡くした者)の救済策として述べられています。また、公平に愛せそうもない時には一人だけにすることが勧められています。さらに、女奴隷の存在が前提とされています。

預言者ムハンマドの時代と違って、戦争未亡人や孤児の少ない社会で、また、女奴隷がいない社会で、どれだけ、ここから「四人妻」を正当化できるかは見解の分かれるところだと思います。

妻同士の間で、持ち物や夫の愛情の示し方に大きな不公平があれば、次のようなコーランの章句に従い、夫の非とみなされます。
大勢の妻に対して全部に公平にしようというのは、いかにそのつもりになったとてできることではない。しかしそれとて、あまり公平を欠きすぎて、誰か一人をまるで宙づりのように放っておいてはいけない(四章一二九節)。
複数の妻のいる夫は、妻の一人にほかより極端に多く物をやったり、過ごす時間を増やしたりしてはいけないのです。ですから原理的には、ほかの妻の方が自分よりも愛されているのではないかと、疑心暗鬼に陥ることはないことになっています。

今日のチュニジアでは、上記の「できることではない」という章句を拡大解釈し、「常人には複数の妻を公平に扱うことはできない、したがってこれは一夫一婦制を勧めるものである」として、一夫多妻を禁じています。

遺産相続においても、イスラーム法ではまとめて長子に相続させるのではなく、分割することが原則で、母親の違いによって子どもの遺産相続分が不平等になることはありません。(Q97参照)。

不平等な扱いによる嫉妬・争いは原則的には起こらないはずだ、ということですが、実際、そううまくゆくものでしょうか。複数の妻の間で完全に公平、などということが常に行われるとは考えにくいですし、すべての財産が換算・分割可能なものではありません。「地位の継承」のように分割不可能なものをめぐっては、かなり悲惨な争いが繰り広げられたとも言われます。

とはいえ、「嫉妬の渦巻くハレム」は歴史的に見ても、イスラーム教徒の全人口からしても、ほんの一握り、あるいはそれ以下の人々にとってしか現実のものではありません。複数の妻を持つだけの経済力のある男性はごく少数しかいませんでしたし、現在でも、法的に一夫多妻が認められている国で複数の妻のいる率は一割にも満たないといわれます。家族の社会的役割が今日よりも大きかった時代の女性たちにとって「夫を共有する別の妻」との関係は、今日私たちの想像するものとは少し違うようです。亡命イラン人女性の自伝を読んでいると、第二夫人であった彼女の母と第三夫人の間柄は常に親しく、多くの利害を共有し、最もお互いの気持ちや立場を理解し合える仲間であったことがうかがわれます。

現在中東・北アフリカ諸国で一夫多妻の禁止を法に明文化しているのはトルコとチュニジアだけです。しかし、多くの国々では一夫多妻を規制するさまざまな工夫がこらされています。結婚契約の際に、新婦の側が「自分の同意なく別の妻を娶らぬこと」という条項をもうけることが広く行われていますし、二番目以降の妻と婚約するに際して、裁判所・委員会などの審査にかける許可を必要とする国も多くあります。

一夫多妻制度というものが、今日の日本の社会で公的に支持されないことには相応の理由がありますし、当回答者も一夫多妻が望ましいとは言いません。また、イスラーム諸国に構造的に女性差別が存在し、多くの女性が苦しんでいることを認めるにもやぶさかでありません。しかし、イスラーム教徒の一夫多妻制の実態については、妙な邪推や羨望なしに、その社会的機能や当事者の心理を理解する努力も必要だと考えます。
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