『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
6. 悲喜こもごも、しきたりとレジャー ----- イスラーム世界は神秘的か
Q80: イスラーム圏の喫煙事情はどうですか。また麻薬の方は。

A80: 今日ではほとんどの国で紙巻きタバコやパイプや葉巻が嗜まれています。喫煙のマナーは必ずしも日本と同じではなく、公共の場での禁煙席も少ないようですが、喫煙にあたって神経質になるほどの問題はありません。

ムハンマドの時代のアラビア半島にはタバコが知られていなかったので、イスラームの観点から禁煙を断定するのは難しいようです。

南米でタバコを手に入れたヨーロッパ人が商品作物としてタバコを中東・北アフリカに持ち込んだのはかなり早いようで、16世紀末にエジプトでタバコ栽培をした記録があるそうです。その後トルコ・イラン・中央アジアなどでタバコ栽培は盛んになり、19世紀には重要な輸出品になっています。栽培だけではなく、喫煙の風習も広まり、水煙管での喫煙を楽しんでいました。図はアルジェリアのものですが、今日でもイランの伝統的な喫茶店(チャーイ=ハーネ)やトルコのお土産物屋さんできれいな絵のついた水煙管をみかけることができます。

タバコについて有名な事件として19世紀後半のタバコ・ボイコット運動があげられます。イランで国王がタバコの利権をイギリス人に譲ってしまったことに対して抗議運動が起こり、それを支持するナジャフ(今日のイラク領、シーア派の聖地)のアーヤトッラーがフクム(教令)を出してタンバークー(水煙管で吸う煙草)を当分の間禁じたものです。これが効を奏し、タバコの独占利権は撤回されました。この事件は近代に入ってのイスラームによる反帝国主義運動と位置づけられています。

麻薬の方ですが、今日ではその社会的悪影響に鑑みて麻薬の売買・所持・吸引には厳罰をもって臨む国が大半です。国によっては極刑もありえますし、日本人観光客が通りすがりの人に、ちょっと持っていてと頼まれてほんの数分間預かった箱に麻薬が入っていただけでもびっくりするような判決が下りますから気をつけてください。

イスラーム法の立場からは、麻薬を、酒と同様人間の理性を酩酊させるから、と禁じる見方と、緊張して吸えばかえって集中力を持続させられるのだから酩酊にはあたらない、と容認する見方に分かれています。

今日では違法とはいえ、歴史的に見て中東諸国で麻薬、特に阿片と大麻の使用はよく知られていた、そして治療用から嗜好品になっていた、ということは確かです。

阿片は、イスラーム以前から解毒薬「テリアカ」の主成分として古代ペルシアで使用されており、その存在は中国経由で日本にまで知られていました。

阿片と言えば、イギリスの東インド会社の三角貿易と中国のアヘン戦争が有名ですが、中国へ渡った阿片はトルコ・イランで栽培されたものも多く、地中海東岸からインド亜大陸にかけての広大なケシ畑が三角貿易の一辺を支えていました。トルコやイランでは、以前の麦や桑を植えかえてでもケシ栽培に転換した農村もあり、産業構造の変化ももたらしました。

三角貿易は帝国主義と麻薬の結びついた恐ろしい例ですが、日本もイギリスを責めてばかりいるわけにはいきません。1940年には軍部や関東軍の「工作用」として官民一体となって阿片をイランから買いつけているのです。

大麻もイスラーム世界と結びつけられて語られてきました。イスマーイール派を「暗殺教団」(アサッスィン)と呼び、「山の老人」が大麻(ハシーシュ)で意識朦朧となった青年に暗殺を命じた、とする「伝説」は、12〜13世紀に十字軍としてシリアに来てイスマーイール派と接触したヨーロッパ人による「お話」であると思われます。イスマーイール派の教団は薬物の知識のある治療集団で、病苦に悩む人々を治療して布教活動をしたのだ、とする研究者もいます。

現在内戦のおさまらないアフガニスタンでは、武器取引と麻薬取引が表裏一体となっています。一日も早く内戦を終結させるためにも周辺諸国が協力して国境付近での麻薬売買をやめさせることが強く望まれます。
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