『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
4. こころの飛翔、知識の伝統 ----- 科学と両立しないのか
Q53: イスラームにも天使や悪魔がいますか。

A53: はい、います。神―天使―人間、という位階を持つ世界観は、ローマ教会の専売特許ではありません。これは地中海海岸(今日のシリアのあたり)で構築された思想が、西方キリスト教世界でもイスラーム世界でも受け入れられたものだと考えられます。また、ダンテが、ヴェルギリウスとともに天の位階をのぼってゆく話として有名な『神曲』は、預言者ムハンマドがエルサレムから七つの天を昇る「ミウラージュ」の記述に影響されて書かれたのではないか、と主張する研究家もいます。

それはさておき、「天使」はイスラーム教徒が信ずるべき六つの存在の一つであり、大天使ジブリール(キリスト教の天使ガブリエルに相当)は、預言者ムハンマドにアッラーからの啓示をもたらし、マルヤム(キリスト教のマリアに相当)に預言者イーサー(イエス)を受胎させた、重要な存在です。

ジブリール以外でコーランに出てくる天使には、ミーカーイール(ミカエル)、最後の審判の日のトランペットを吹くイスラーフィール、死の天使(一般にはイズラーイールと呼ばれる)などがいます。また、死後、墓に入った人間のもとにはムンカルとナキールという天使がやってきて、生前の善行や悪行についてかまびすしく言い立てると広く信じられています(Q77参照)。

イスラーム世界のミニアチュール(細密画)には翼のある天使が飛んでいる姿が数多く描かれています。

天国(楽園・ジャンナ、Q52参照)は、円錐状で七層構造となっておりその頂にはスィドラという聖木が茂っていると言います。スーフィーのなかには洗練された天使論を展開し、天使たちの世界(マクラート)はスィドラの木の上にあり、その上にはジャバルート(神的領域)の世界があり、さらにその上に神の玉座がのっているといった者もいます。

天使の中でも、イブリースという名の天使は、神が最初の人間アーダムを創造したとき、それに敬意を表さず、堕天使となったとされています。

天使・悪魔に類する存在として注目しなくてはいけないのは、「ジン」です(お酒の種類ではありません)。「幽鬼」「霊」「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」とでも理解すればいいでしょうか。このジンの中で、不信心であり悪意がある、あるいは悪行をそそのかすものがシャイターン(サタン)であると考えられます。とはいえ、前述のイブリースとシャイターンは同一視され、同じ悪魔だとも思われているようです。ジンは、病をもたらしたり、人間の生活を脅かす、と思われることもしばしばですが、なかなか愛嬌のある酒好きのジンなどもいます。

異常な行動をとる人は、一般に「マジュヌーン」と呼ばれ、ジンが憑いた、と理解されてきました。しかし、マジュヌーンにもさまざまな種類があり、今日では精神疾患と認定される例のみならず、恋に「狂った」者もマジュヌーンといわれました。ペルシア語のロマンス叙事詩『ライラとマジュヌーン』は、ライラという美女に恋い焦がれてマジュヌーンとなった青年の話です。
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