『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
1. 世界中に広がるイスラーム ----- 紛争の種をまいているのか
Q13: 旧ソ連邦の領域にはイスラーム教徒が多いそうですが、ほかのイスラーム諸国との関係はどうなっていますか。

A13: 旧ソ連邦の領域である中央アジアのカザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、それからコーカサスではアゼルバイジャン、グルジアなどの独立国、またダゲスタン、アブハズ、ナヒチェヴァンなどCISメンバーの共和国に、多くのイスラーム教徒が住んでいます。

これらの地域ではソ連邦の崩壊後さまざまな問題が噴出し、日本の報道でもとりあげられています。コーカサスのアゼルバイジャンの隣国がアルメニアで、東方キリスト教の一つアルメニア教会の中心です。アゼルバイジャン領に囲まれた自治州のナゴルノ・カラバフはアルメニア人が大多数で、アゼルバイジャン人との紛争が起きています。アゼルバイジャン、トルクメニスタン、イラン、ロシアなどに囲まれたカスピ海には、膨大な原油が眠っているといわれ、この石油の開発やパイプラインの経路をめぐって、欧米諸国も加わった争奪戦が始まっています。ダゲスタンの隣がチェチェン人の多く住む土地で、イスラーム教徒が多く、一九九五年に内戦(彼らにとってみれば異教徒の侵略に対する聖戦)が勃発しました。

コーカサスではロシアと一線を画そうとする独立心が強くアメリカへの急接近が見られる一方、中央アジア諸国はソ連時代の負の遺産を抱えながらもCISのメンバーに入り、ロシアの協力・援助を仰いで独立後の政治・経済方針を決める傾向が認められます。

コーカサス諸国でも中央アジア諸国でも、ゴルバチョフが大統領の時にイスラームの復権が認められ、長らく禁じられていた金曜の集団礼拝が行われ、コーランなどの出版が許可されるようになりました。中央アジアの人々にとってイスラームの復権は、単に信教の自由を取り戻しただけではなく、自分たちの文化遺産の再評価が可能になった、と一般に受けとめられています。

一九九二年のソ連邦の崩壊を受けて、独立した諸国は相次いで旧ソ連内外のイスラーム諸国と国交を樹立しています。イスラーム諸国のなかでも、サウディアラビア、トルコ、イランは、旧ソ連から独立した国々への影響力をめぐり、三つ巴で競争をしているといわれます。サウディアラビアはイスラームの盟主を自称して、トルコは同じトルコ系であるとの絆(チュルク意識)を強調して、イランは地理的な近さと歴史的交流を活かして、それぞれに中央アジア・コーカサス諸国との友好関係・経済関係を強化する方向で努力しています。

サウディアラビアはコーランやモスクの修理費を送り、巡礼団を賑々しく受け入れてアピールしています。トルコは、ロシアに気を遣いながらも、アメリカの後押しを受けて交流を拡大しています。アメリカはトルコに、イスラーム主義の拡大をくいとめる防波堤の役割を期待しているのです。トルコとイランは前後して旧ソ連諸国向けテレビ番組を放映するようになりました。トルコがロシアやウクライナやコーカサス諸国をメンバーとする黒海沿岸機構を提唱したのに対抗して、イランはカスピ海沿岸諸国機構の会議を開催しています。

経済的には、個々の国が経済協力の条約などを締結しているばかりでなく、ECO(経済協力機構)の枠内で、運輸機関の整備計画などを話し合っています。とはいえ、旧ソ連邦の多くの国々の社会・経済問題は深刻で、ECOの枠を越えた援助が必要です。タジキスタン内戦で明らかになったように、イスラームの文脈で政治・経済政策への批判を行う勢力も現れています。この地域の他のイスラーム世界との関わりは、国際社会の変化と連動しながら、さらに複雑になると思われます。
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