『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』
7. 家族のきずなが強い理由 ----- 女性は抑圧されているか
Q100: イスラーム社会で男女同権を実現することは無理ではないでしょうか。

A100: イスラーム社会に限らず男女同権の実現はとても困難であると思います。性別という男女の区別が、制度的に、そして意識の上で、また感情的に、差別へと転化してきた例は多いし、将来もその可能性は大きいといわざるをえません。

イスラームの女性問題として、イスラーム諸文献で正当化される男女隔離の制度化、男は外/女は内という分業の強化、男性が妻や娘に基本的人権を認めず就学・就労の機会を奪うこと、当人の望まない結婚・離婚を強いたり、ひどい時には家庭内で暴力を振るったり女児を虐待すること、等がつとに指摘されています。また、中東・北アフリカのイスラーム社会を家父長制的、と性格づけて女性が男性である家の長の支配下に置かれていると説明する学者もいます。しかし一方、イスラームはすべての人の平等をめざすものである、したがって男女についても差別はしていない、女性のための保護条項があるだけだ、と主張するイスラーム主義者もいます。また、預言者ムハンマドの妻たちの行状を検討し彼女らが非常に活発に家の内に限らない活動をしていたことを明らかにした研究もあります。何がイスラームの本質か、という議論は永遠に続きそうだし、歴史家の研究が進めば家父長制・男性支配では片づけきれない実態が浮かび上がるのではないか、とも思われます。現時点でイスラームは本来的に男女を差別する、と結論づけるのは早急にすぎると当回答者は考えます。

欧米のフェミニストによる報告のなかには偏見によって本質を見誤っているものもありますが、多くのムスリム女性が差別や虐待に直面している、ということは事実だと考えるべきでしょう。しかし、それらの問題は男性をも苦しめている政治的・経済的な不正・困難を背景としていることが多く、男性が女性への不当な態度をイスラームだ、伝統だ、と主張しているとしても、イスラームを否定することで問題がすべて解決されるとは考えられません。イスラーム教徒の大半はここ数十年の産業・社会構造の変動にさらされており、以前の諸集団が解体され、就業形態の変化にとり残された失業者が増えています。それと同時に男女関係や家族のあるべき様を見失うことへの危機感も高まっており、イスラーム主義者によるジェンダーや家族の見直し論がかえって着目されつつあるようです。そこで、イスラーム主義の女性論の例を示しましょう。

欧米並みの女性解放を謳った王政がヒジャーブ(Q94参照)を身につけた女性のデモで予想もしなかったしっぺ返しをくらったイランでは、六〇年代にシャリーアティーという思想家が当時の女性の問題をイスラーム的な見地から説いています。彼は、外国の経済的植民地主義が、イランを消費国に組み替え、イランの女性を、消費にうつつをぬかす人形、人間的な愛ではなく性の対象となる人形に変えた、と主張します。そして女性雑誌がジャクリーン・オナシスやツィギーのファッションばかりをとりあげ、研究や仕事にいそしむ欧米の女性の存在をイランの女性に知らせないことを批判します。また、過去を振り返り、女性を宗教と慣習の名のもとに「〜すべからず」のリストで縛り、真のイスラームを理解する機会も与えなかったことを反省します。

彼は女性たちに、古く硬直した因習を打ち破り、新たな人間的徳性を選びとり、蠱惑的な輸入品に夢中にならず、仮面「自由」の裏に女性の人間性に反する恐ろしい顔を見られるようになることを期待します。そして彼女らの手本として預言者ムハンマドの娘ファーティマをとりあげます。預言者がイスラームを説き始めた当初のさまざまな圧迫に堪え、不正・圧政を決して許さず、貧困と労苦を甘受して自らの人格の陶冶によりイスラームに特別な位置を占める女性となっていったファーティマの人生を叙述します。そして最後にシャリーアティーは、ファーティマを、ムハンマドの娘、アリーの妻、フサインの母、と言おうとしたが、それではファーティマは見えない、否、これはすべてそうなのだが、これらはすべてファーティマではない、ファーティマはファーティマなのだ、と話を括ります。

関係性すべてを肯定しつつ個がその関係性に埋没しないこと──女性のあるべき姿は、男性や家族との関係を認めつつその関係に甘んじない個の追求にある、とシャリーアティーが言っているように当回答者には受けとめられます。イスラームの女性論も捨てたものではないと思いますがいかがでしょうか。
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