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退職所員からのメッセージ:飯塚 正人

AA研フォーラム(飯塚正人教授退所記念講演)
   2026年3月12日、澤田英夫所員 撮影

 私がAA研に助手として採用されたのは1994年。以来32年、言ってみればこれまでの人生のほぼ半分をAA研所員として過ごしてきたわけで、時の流れの速さにただただ圧倒されるばかりです。同期入所は南アジア言語学とインド系文字情報学の町田和彦さん、南タイの村落をフィールドにしていた文化人類学の西井凉子さんのおふたりでしたが、振り返ってみればこの3人。全員がAA研で定年退職を迎えたわけで、みんなAA研が性に合っていたのでしょう。私の入所した年までAA研の研究室にはエアコンがなく、夏は文字どおり地獄だったものの、中東の言語や歴史を専門とする先輩所員が8人もいて、そうした方々から知的・学問的な刺激を受けつつ、自由に研究できる喜びは何物にも代えがたいものでした。

 そのうえ、入所の翌年にはAA研だけに認められていた「助手投入」制度により、エジプト・カイロと英国マンチェスターに計1年半もの間、派遣していただき、自身の研究を進展させることができました。1997年3月に帰国してからは、同年4月に新たに設置された情報資源利用研究センターの初代センター員に任じられ、「近現代中東人名辞典」や「イスラーム世界がよくわかるQ&A100」といったコンテンツを含むウェブサイト『近現代アラブ・イスラーム研究』を構築・公開したのも今となっては懐かしい思い出です。

 けれども、そうした平穏な暮らしは2001年の「9・11米国同時多発テロ事件」を機に一変しました。私の専門は中東・イスラーム地域研究、なかでも近現代イスラーム思想と現代イスラーム運動だったがために、大晦日まで毎日のようにテレビのワイドショーやニュース番組に出演することとなり、当時はまだ北区西ヶ原にあったAA研にテレビ局の車で出退勤するのが日常になったりもしました。年が明けるとさすがにテレビ出演はなくなりましたが、以後も私の仕事はメディアや出版社からの解説依頼・原稿執筆依頼、言い換えれば世間の需要に応えるものが多くなり、2011年の「アラブの春」に際しても事件・事象の解説に追われることになります。いま思うに、そうした仕事を引き受けなければ、もっともっと自分の研究を深めることができたのかもしれませんが、こればかりは性格の問題もあるので仕方のないこと。イスラーム、ムスリム、イスラーム世界といった私の研究対象は「わからない」と言われることが多く、往々にしてとんでもない誤解もはびこってきました。そんなふうに自分の研究対象が誤解されるのはまっぴらごめん、少しでも正しい知識を広めたいという想いが私を突き動かす原動力だったわけで、悔いはありません。

 もっとも「9・11」は私個人の研究者人生だけでなく、AA研の状況も変えることになりました。中東やイスラーム世界に対する国民の関心が一気に高まったことを受けて、外語大は2005年度から2009年度に文部科学省特別経費を獲得し、「中東イスラーム研究教育プロジェクト」を推進。AA研もその枠組みのなかで、全国の大学院生向けの研究セミナー、教育セミナーなどを開催する一方、レバノンのベイルートとマレーシアのサバ州に海外研究拠点を設置して今日に至っており、今後益々の発展が期待されるところです。

 最後になりますが私、2015年度から2018年度にかけては研究協力課と所員の皆さまにお支えいただいて、なんとか所長を務めあげることもできました。皆さまには本当に感謝しかありませんが、過ぎてしまえば所長業務に追われた4年間もアッと言う間。皆さまも限られた時間を大切に、健康に留意してこれからもご活躍いただければと思います。AA研の将来に心から期待しておりますので。

 長い間、本当にお世話になりました。どうもありがとうございました。

AA研フォーラム(飯塚正人教授退所記念講演)2026年3月12日、澤田英夫所員 撮影