News

新任スタッフ紹介 Vol.62:大槻 知世

日本国内での「異言語」体験から日本諸語・諸方言研究へ

大槻 知世
(2019年5月特任研究員着任)

津軽地方の今別町
袰月海岸から龍飛崎・松前半島方面を撮影

言語学研究ユニットLingDy3プロジェクトの特任研究員に着任し,広報を担当しています。卒業研究以来,第一言語の青森県津軽方言を主軸に,記述文法と日本諸語・諸方言の研究をしています。最近のテーマは,文末イントネーションです。

高校卒業後,日本語と英語の比較に興味をもち,語学関係の授業をとろうと意気込み進学しました。しかし上京してすぐ,授業以前に,ことばの壁に突き当たりました。東京の人や,同じクラスの人に話しかけても,何度か「え?」と聞き返されてしまいます。語句は標準語形を使用しているつもりにもかかわらず,相手が理解に時間を要する場面が少なくありませんでした。

おそらく,私の母語の津軽方言と標準語とでは,単語のアクセントと文のイントネーションが異なることが要因の一つだったのでしょう。日常会話に支障のないレベルの標準語の音調を習得するのには,それから1週間ほどかかりました。日本国内での意思疎通の困難さに対する驚きが印象に残り,言語学研究室で方言を専攻し,以来津軽地方をはじめとして,日本各地で調査をおこなっています。

大まかに言って,疑問文と平叙文を区別する方策には2つ,イントネーションと,疑問を表す形態的要素(疑問詞,疑問を表す文末助詞)の有無があります。標準語の場合,疑問文は,疑問詞疑問文(WHQ)「誰と京都へ行った?」も肯否疑問文(YNQ)「花子と京都へ行った?」も上昇調で,平叙文「花子と京都へ行った。」は,自然下降(調音器官の生理的な原因による下降)による下降調で発音されます。疑問詞があればWHQと判断できます。疑問を表す文末助詞(終助詞)は,あってもなくてもよく,「花子と京都へ行ったか?」も「花子と京都へ行った?」も同様にYNQです。要するに,YNQと平叙文は,形態的・統語的に似ることがありますが,イントネーションが上昇調か下降調かで区別されます。

津軽方言の場合は,WHQもYNQも下降調で,平叙文も自然下降をとります。疑問の文末助詞は,あってもなくても構いません。このため,特にYNQ「花子と京都へ行った?」と平叙文「花子と京都へ行った。」は,形態的にも統語的にも区別がしにくいうえ,ともに「下降調」で発音されます。

しかし,YNQと平叙文を「下降調」で発音する津軽方言話者が,YNQと平叙文を取り違えることはありません。文脈の助けがなくても,YNQと平叙文を区別できます。つまり,YNQと平叙文は,やはりイントネーションの違いによって弁別されるはずです。それでは一体,津軽方言のYNQと平叙文の各々の「下降調」の具体的な違いとは,どのようなものなのでしょうか。

前職で諸方言コーパスのデータ整備に従事するかたわら,基礎の音声データを使用し,津軽方言の疑問文と平叙文のピッチ(声の高さ)の下降幅を調べました。その結果,ピッチの下がり幅の大きさについて,WHQとYNQと平叙文の中では,YNQが最も下降幅が大きく,平叙文が最も小さいことが分かりました。このことから,ピッチの下降する幅の大きさの違いが,文タイプの弁別に関与していることを,初めて指摘しました。疑問文のピッチの下降の詳しい質的特徴については,追究を進めています。