新任スタッフ紹介 Vol.86:田井 みのり
2025.10.02
音楽で死者を弔うとは
田井 みのり
(2025年10月研究機関研究員着任)

私が葬儀の音楽について研究する契機となったのは、自身の祖父の葬儀でした。突然、祖母から告別式でクラリネットを吹いて欲しいと言われ、驚き、戸惑ったことを覚えています。 葬儀で演奏をするのはとても不思議な感覚でした。
私は学部ではクラリネットの演奏を専攻していました。技術や表現を磨き上げ、その成果を発揮する場としてのコンサートの経験はありましたが、演奏を通じて故人に想いを馳せる場というのは、また違った意味で、その場にいる人びとに情動的な経験をもたらすものです。私にとっては、それまでの演奏では得たことのなかったような、意義深さを感じる経験となりました。
音楽というのは、生活の彩りになったり、時には熱狂的な時空間を生み出したりすることもあります。一方では、食べることや稼ぐこと、生活を便利にすることのどれにも役立たず、震災など危機的な状況において、演奏家はしばしば「音楽など何の役に立つのか」と自問することもあると聞きます。そんな音楽を続けてきた身としては、音楽が故人を送るために、故人や遺された人びとにとって「役に立つ」ということは、わかりやすく、嬉しい発見でした。
キーボードを勉強し直し、セレモニープレイヤーになるための研修を受ける過程は、私にとって、それまでの音楽経験での「あたりまえ」を覆すものでした。セレモニープレイヤーの目指すところは、ただ素晴らしい演奏をするとではなく、故人に向けてどのような選曲や演奏をするか、また遺族の想いをいかに反映させるかに向けられていました。葬儀においては、超絶技巧の曲を素晴らしい技術と表現力で演奏することよりも、故人の好きだった演歌や歌謡曲、故人と共に聞いた想い出のあの曲を、その場のリクエストであっても断らずに弾けることの方が重要なのです。
一方、葬儀で音楽が用いられることは、現代的な現象に限りません。世界各地の民族誌には、葬儀で音楽が死者を送るために不可欠なものとして扱われている例が多く見受けられます。その音自体が、故人を他界に送るとされたり、葬歌のなかに他界への道のりが示されたりすることもあります。死者の霊魂をコントロールするために、演奏されることもあります。アジアに限らず、世界の広い地域で見られる泣き歌は、故人への哀悼の意を表すと共に、それを共有し、自身の感情を社会的に表現する手段ともなっています。
そうした葬儀における音楽の多様な側面について考察するために、台湾の葬儀について研究を始めています。台湾の客家の葬儀では、チャルメラを用いた「伝統的」な音楽が死者や祖先と交信するために欠かせないものであるとされながらも、ポップスの曲やインストゥルメンタルの、雰囲気を作るようなBGMが演奏されることもあります。そのような葬儀のあり方について研究を進めるなかで、弔いにおける音楽の地域や時代を超えた傾向と、また現代的なあり方の双方について、理解を深めたいと考えています。