[A] 表記の確立



音韻体系を明らかにする

言うまでもないことですが,表記を確立するためには,その言語の音韻体系が明らかになっている必要があります。
まずその言語で区別されている音素を明確にし,それから,それらにどのような文字をあてるかを考えましょう。
本ページでは,音韻体系を明らかにするプロセスについては扱いません。この点については,言語学,音韻論の本を参照ください。

表記を決める際に考慮するべきポイント

言語学者の表記において最も大切なポイントは,その言語にある対立を正確に表し分けることです。

[1] 対立のある音素がすべて表示しわけられるかどうか。

表しわけに苦労する場合として,以下のようなケースが考えられます。

・アルファベットの一文字で表しにくい音素がある。
・母音の数がたくさんある。
・同じ調音点の子音がたくさんある。

このような場合,一般に用いられているオプションには以下のものがあります。

[a] IPAを用いる。
[b] アクセント記号などの補助記号を用いる。
[c] 一つの音素に二つの文字をあてる。
[d] 大文字と小文字を使い分ける。

[c][d]による表記は,少々体裁が悪いように見えますが,キーボードで普通に出てくる文字だけで表記がすませられるため,あとでコンピューターに入力するのが楽だと言うメリットがあります。

[2] 超分節的特徴(声調など)を表示できるかどうか。
多くの研究者は声調を表すのに補助記号を用いています。具体例を以下のページに挙げました。

■アジアのケース
■アフリカのケース

[1][2]の条件を満たした上で,下記[3]のポイントについても考慮しましょう。

[3] コンピューター上での扱いが簡単かどうか。
これは,データの管理,成果の公開を容易にするための条件です。

入力の手間を考えれば,キーボード上で簡単に出てくる文字を用いるのが便利です。

=========================================================================================
[おまけ]
■言語学者の表記と,話者コミュニティの求める正書法の間のギャップ
言語学者が必要とする表記と,当該言語の話者が必要とする表記の間には往々にしてずれがあります。
言語学者の表記の目標は,「その言語にある音素対立を正確に表し分けること」で,その目的さえ達成されれば,効率上,できるだけ扱いが簡単な文字を表記に用いることを求めます。それに対して,話者は,その言語をよく知っているので,表記と音声の厳密な対応は求めません。それより,用いる文字が近隣言語の慣習などに沿った,なじみのあるもの,格好悪くないものであることを求めます。
言語学者は,自分が研究に用いる表記が,必ずしも話者の実用的表記に向くとは限らないということを自覚しなければなりません。

なお,この点に関しては,「正書法に関する問題を扱うページ」,特に「言語学者は正書法の制定にどこまで関われるのでしょうか?」のページをご参照ください。


オンラインリソースのトップに戻る