アフリカ諸言語の声調表記



(文責)阿部

アフロ・アジア語族のセム語派、クシュ語派の大部分の言語と、ベルベル語群を除いたほとんどすべてのアフリカの諸言語には、語彙の区別に不可欠な要素としての超文節音素である「声調」が存在します。

ただし、声調の表記は、その言語を知っている者にとっては、表記の手間のかかる煩わしいものであるため、たとえ正書法で声調の表記が提案されているとしても、それが実際に用いられている言語コミュニティーは少ないようです。また、たとえ実用化されていても、省略される傾向にあるようです。実際に正書法で、声調の表記を取り入れている稀な例として、西アフリカのハウサ語やコンゴの諸言語などが知られています。

アジア諸語の声調表記に比べて、このようにあまり表記がなされない理由には、アフリカ諸言語は、アジア諸語よりも声調に弁別的価値が低いためだと考えられます。また、声調の種類も、アジア諸語に比べてずっと少ないです。

しかし、言語学的記述では、声調を表記しないわけにはいきません。言語学者は声調をどのように表記してきたのでしょうか。

1.様々な表記の試み(Welmers, 1973)

言語学者は、正確な音の高さを記述するために、様々な試みをしてきました。記述の初期の段階では、a-zの26段階表記や、五線譜に音符を振ったものなどの煩雑なものもあったそうですが、こうした煩雑な表記は次第に淘汰されていきました。

1.1.アルファベットa-zによる表記

この表記では、最大26段階の区別ができることになります。この表記のメリットはダウンステップ、ダウンドリフトなどの、単語レベル以上の音域の推移を表記しておくことができます。イントネーション表記にも有効です。しかし、音韻的に意味の無い情報が、あまりにも煩雑に盛り込まれすぎるというのがデメリットです。

【イボ語の例(Welmers, 1973, p.82)】

イボ語は、音韻論的には、高低2つの声調しかないのですが、初期の段階では、このように表記されていました。

1.2.数字による表記

【ズールー語の例(Doke, 1958)】

やはり、音韻論的に意味のある声調は高低の2声調なのですが、初期の段階では、9段階になっていました。これには音階を意識した表記のようです。

(Doke, 1958: p.xi)

辞書の見出しにはilihembe(2.4.3.9)「シャツ」というように表記されていました。

1.3.アイコニックに示したもの

アフリカ諸言語の記述方法を教授したWestermann and Ward(1933: pp.143-146)では、以下のようにアイコニックに示す方法が提案されました。

(Westermann and Ward, 1933: p.144)

2.補助記号を用いたもの

Westermann and Ward(1933)でも言及されているように、実際は上記のような表記は実用化に際し、入力が難しいなどの問題があります。IPAにも採用され、広く使われるようになったのは、補助記号を用いた方法です。補助記号を使うとなると、当然、区別できるレベルの数が限られてきます。こうして、音韻的に意味のある弁別的な高さのみを示すようになってきています。

また、補助記号の使い方も、言語学者によって多少の違いがあります。以下のIPAの声調表記は、現在、アフリカの言語記述で、一般的に用いられているものです。

このほか、特殊な表記には以下のようなものもあります。

ダニエル・ジョーンズがツワナ語を表記するのに使ったのは、現在広く使われている補助記号の使い方とは少し違います。

(Wetermann and Ward, 1933:p.145)

また、Dokeがショナ語を記述する際には、次のような補助記号を使いました。

 (Westermann and Ward, 1933:p.146)

3. レファランス

Doke, C.M. 1958. Zulu English Dictionary. Witwatersrand University Press. Johannesburg
Welmers, W.E. 1973. African Language Structures. University of California Press, Berkeley.
Westermann, D. and I.C. Ward. 1933. Practical phonetics for students of African languages. Oxford University Press. London


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