Publicationsベンバ語

研修期間
2023年8月21日(月)~2023年9月8日(金)
午前10時00分 ~ 午後4時30分(土曜日,日曜日は休講)
研修時間
75時間
研修会場
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
(〒183-8534 東京都府中市朝日町3-11-1)
講師
主任講師:
品川大輔(しながわ だいすけ)東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授
ネイティブ講師:
Subila Chilupula(スビラ・チルプラ)東京外国語大学総合国際学研究科大学院生
受講料
45,000円(教材費込み)
教材
1.『ベンバ語調査票』(品川大輔,Subila Chilupula 著)2.『バントゥ諸語調査ハンドブック』(品川大輔 著)
文化講演
日時:2023年8月25日(金)
大門 碧(北海道大学国際連携機構(ナイロビサテライト))
日時:2023年9月1日(金)
梶 茂樹(京都大学名誉教授,京都産業大学ことばの科学研究センター)
日時:2023年9月8日(金)
杉山祐子(弘前大学)
1.研修の概要
○研修期間:
2023年8月21日(月)~2023年9月8日(金)
午前10時00分 ~ 午後4時30分(土曜日,日曜日は休講 )
○研修時間:
75時間
○研修会場:
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(306室)
本研修は2023年8月21日(月)から2023年9月8日(金)までの15日間,1日あたり5時間,合計75時間実施した。
会場は,東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(306室)を利用した。
2.講師
○主任講師:
品川大輔(しながわ だいすけ)東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授
○ネイティブ講師:
Subila Chilupula(スビラ・チルプラ)東京外国語大学総合国際学研究科大学院生
文化講演者:
大門碧(北海道大学国際連携機構(ナイロビサテライト)特任講師/留学コーディネーター)梶茂樹(京都産業大学ことばの科学研究センター員)杉山祐子(弘前大学教授)
3.教材
『ベンバ語調査票』は,本研修における文法調査のセッションのために用意した質問票で,セッションで扱うことを念頭に置いた文法項目を網羅的に整理している。
『バントゥ諸語調査ハンドブック』は,調査セッション全体で役に立つであろうバントゥ諸語学に関する一般知識を整理した解説書.Routledgeから出版されている世界の語族シリーズの一冊であるDerek Nurse and Gérard Philippson (eds.) (2003) The Bantu languages のうちの,音声学,分節素音韻論,声調論,名詞形態論,派生形態論などの主要項目を底本として,バントゥ諸語に広くみられる言語現象やバントゥ語学の基本概念を一冊にまとめてある.また,語彙調査セッションにおいては,AA研刊の『アジア・アフリカ言語調査票<下>』を語彙調査票として用いた。
4.受講生詳細
受講生の構成は,本学学部生3名,同大学院生1名,一般申請による受講生1名の計5名であった。受講生の資質は総じて高く,とくに学部生のうち2名は言語学のゼミに所属し,すでにきわめて高い水準の言語学的な知識を有していた。また1名の大学院生は,すでに外部研究機関の共同研究プロジェクトに参画する若手研究者であり,とくに言語類型論的な視野と関心を高いレベルで有しているようであった。学外からの受講生1名もすでに過年度の言語研修を受講されるなど,言語習得また言語の記述,分析に関して高い資質を有しておられた。受講動機という点でも,多くはフィールド言語学の方法論を実践的に習得したいという意志を持っており,研修の内容と概ね合致していたようである。ほぼ全員が全日程に参加,全員が無事に修了した。
5.文化講演
2023年8月25日(金)講演者:大門 碧(北海道大学国際連携機構(ナイロビサテライト))
演題:「ウガンダ・カンパラの若者がつくりだしたカラオケ文化」
要旨:講師が長きにわたって調査してきたウガンダの都市カンパラにおけるエンターテイメント・ショーとしての「カリオケ」の実際のパフォーマンスの構成や発達の歴史的経緯,また社会的背景について映像を交えて紹介された。コロナ状況以前にパフォーマーとして活躍していた若者の「その後」に関する最新の研究内容も紹介され,また受講生からは,パフォーマンスのオンライン空間での影響力についてなど同時代性を反映した質問が寄せられ,現代アフリカにおける都市的文化状況を学ぶ刺激的な機会となった。
2023年9月1日(金)講演者:梶 茂樹 (京都大学名誉教授,京都産業大学ことばの科学研究センター)
演題:「テンボ語の親族名称」
要旨:本邦におけるバントゥ諸語研究のパイオニアによるバントゥ系社会の親族名称体系に関する講演であった。ベンバ社会を含む母系相続社会が広く分布するいわゆるMatrilineal beltなどバントゥ系集団の親族体系や,親族名称研究の学術史的背景を概観したうえで,講師が長く調査してきたDRC東部で話されるテンボ語(Bantu JD531)の親族名称体系について,その具体的な形式に基づいて解説がなされるとともに,その体系に反映される社会的機能についても論じられた。とりわけバントゥ系集団の社会構成原理に関心のある受講生から熱心な質問が投げかけられた。
2023年9月8日(金)講演者:杉山祐子 (弘前大学)
演題:「変わりゆく村の暮らしと伝統的王国 ― ミオンボ林(Miombo woodland)と深く結びついてきた人びと」
要旨:長年にわたってベンバ社会のなかで生活をともにしながら人類学的調査を続けてこられた講師による,ベンバ社会の変わりゆく姿を多面的に紹介する講演であった。ベンバの人々の歴史,王国の政治組織,サステイナブルかつ環境調和的な農法 (citemene),ミオンボ林,祖霊信仰,そしてそれらの有機的な繋がりが,具体的なビジュアルとエピソードとともに生き生きと提示された。言語そのものの記述と分析に集中してきた受講生にとって,その言語を話す人々の社会の全体像を具体的に学ぶ貴重な機会を得て,全3週間の研修が締めくくられた。
6.授業
全3週15日にわたる研修の初日は,アイスブレイク,ネイティブ講師によるベンバの人々とその社会に関するレクチャー,そして主任講師によるベンバ語,バントゥ語学,そしてフィールド言語学に関する導入的なトークがなされた。2日目から本格的な調査に入り,午前中は語彙調査セッション,午後は文法調査セッション(ただし上述のとおり,毎金曜の5限目は文化講演)というルーティーンで3週間の研修が行われた。
語彙調査においては,とりわけバントゥ諸語に顕著な統語環境における声調パターンの違いを把握するために複数の形態統語的な環境における実現を記述する必要がある。ひとつの語彙項目を記述するために,分節素,声調,形態統語環境など,さまざまな情報を同時に処理する必要があり,音韻論の基本的な特徴を解説し音素表記を共有したうえでも,当初は1語の記述に相当な時間を有した。ただ,1週間を過ぎることには,一定のペースで語彙記述を行うことが可能になった。午前中のセッションで調査しえた語形は,セッションの最後にすべて録音し,音声資料として記録している。また,第2週の月曜に音声分析プログラムPraatを用いた音声ファイル処理の方法について研修を行なった。
文法調査については,配布教材とした『ベンバ語調査票』にあげた9つの文法項目のうち,実際に扱い得たのは以下の7つの項目であった:名詞クラス (形容詞,指示詞,動詞などとの一致形態論を含む),基本述語 (non-verbal predicate),代名詞,名詞修飾表現,動詞時制形,動詞派生形,関係節。これらそれぞれに,スワヒリ語など他のバントゥ諸語と広く共有される一般的な特徴もあれば,他の言語と比較してかなり複雑な特徴も観察された。とくに後者の記述の過程では,受講生とコンサルタント役のネイティブ講師との間で熱心なやりとりが交わされ充実したセッションとなった。また,受講生から講師側が想定していなかった点に関して鋭い質問が発せられたことで,調査項目を拡張する局面もあった (目的語対称性 object symmetryに関する議論など)。
以上のように,調査項目の数としては網羅的と言えるところまではカバーできなかったものの,質的には想定をはるかに超える高い水準のセッションが連日にわたって行われた。受講生の一部からは,実施期間はもっと長くてよかったというアンケートの回答も寄せられたが,それはこのことを反映していると思われ,その意味でも研修の内容としてはとても充実したものとなった。
7.研修の成果と課題
研修の成果としては,まず上述のように非常に質の高いセッションを行うことができ,とくに今後本格的に言語研究を志そうという受講生に,言語記述の実践の機会を提供できたことを挙げてよいと思われる。またこの研修で得られた語彙データをもとに,この研修において学んだ方法によって音声ファイルから音響情報のプロットを抽出して,語彙資料集を作成する予定であり,これは研修後に発信される成果となることが期待される。
一方の課題としては,これも上述のとおり,扱い得た文法項目が限定的になってしまったことが挙げられる。これは,語彙調査セッションも含め,効率的に進めるための講師側の準備が不十分だったことに起因する点も多く,反省点として残る。ただし,今回の経験をふまえて言えば,フィールドメソッドコースとして開講する研修であれば,1ヶ月以上の研修期間であったとしても (受講生の意欲と資質に頼る部分はあるが) 質の高い研修の実施は可能であろうと思う。今後,より望ましい言語研修のあり方を考えるうえで参考になればと思う次第である。
8.おわりに
まずは3週間の研修を無事に完走することができたことに安堵するとともに,献身的にコンサルタント役を引き受けてくださったネイティブ講師のSubila Chilupulaさんに深く感謝を申し上げます。文化講演をご快諾くださった,大門先生,梶先生,杉山先生にも篤く御礼を申し上げる次第です。さらには,研修の準備段階から実際の研修においても,分析の内容にかかる部分にいたるまでサポート役を買って出ていただいたAA研ジュニアフェローの古本真さん,また言語研修担当の教務補佐員として教材作成の補助作業を引き受けていただいた網谷晃樹さんのご協力にも感謝を申し上げます。そして研修期間中,運営サイドでご尽力いただいた共同利用拠点係のみなさま,またバックアップに入っていただいた研究協力課のみなさまにも深く御礼を申し上げます。
最後に,長期にわたる研修をここまで充実したものにできたのは,すべての受講生の協力的かつ熱心な参加があってのことであり,感謝に絶えません。今後,本格的な言語研究の道に進む受講生のみならず,全てのメンバーにとって意義のある研修になっていれば,これにすぐることはありません。