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新任スタッフ紹介 Vol.88:許 秦

境界に響く音を記述する——中国延辺朝鮮語の音声研究から少数言語資料の公開へ

許 秦
(2026年2月特任助教着任)

 私は中国吉林省延辺朝鮮族自治州に生まれ、中国の少数民族の一つである朝鮮族として、朝鮮語と中国語が日常的に交錯する環境で育ちました。朝鮮語を母語とし、家庭や学校では朝鮮語を用い、社会生活では中国語も用いるという二言語的状況は、私にとってごく自然なものでした。私は幼少期から言語学習に強い関心を持っていました。第一外国語は英語でしたが、第二外国語として日本語の学習を始め、ほぼ独学で日本留学に必要な日本語力を備えました。さらに、中国の吉林大学に進学し、主専攻としてソフトウェアエンジニアリングを学びましたが、自身には必ずしも適していないと感じ、第二専攻としてスペイン語を履修しました。このような言語に対する情熱が、私を言語研究の道へと導いたのだと思います。特に、私は「音」に強い関心を持っています。異なる言語が異なる音素体系を持つことはもちろんですが、同一言語の内部においても方言ごとに差異が見られます。例えば、同じ「朝鮮語」であっても世代や地域によって発音が異なっており、このようなことに気づいた私は、言語の音声的差異や変化に強い関心を抱くようになりました。

 これまで私は、延辺朝鮮語を対象に実験音声学の手法を用い、その音響的特徴を体系的に記述する研究に取り組んできました。延辺朝鮮語は、朝鮮半島の諸方言と歴史的に連続しつつも、中国社会の中で独自の発展を遂げてきた変種です。しかし近年、社会構造や言語環境の変化に伴い話者数が急激に減少しており、危機言語化が進んでいます。今記録しなければ失われてしまうかもしれない音声の実態を、客観的データとして残すことが喫緊の課題であると感じています。

 大学卒業後、日本への留学を決意し、2018年4月に東京大学大学院人文社会系研究科の修士課程に入学しました。修士課程および博士課程を通じて、延辺朝鮮語の母音や子音の音響分析を行い、その音声体系の解明に取り組んできました。現在は聴覚音声学的手法を取り入れ、延辺朝鮮語話者とソウル方言話者の互いの発音に対する知覚の差異を比較しており、同一言語内部に存在する音韻カテゴリーのずれを検証することで、言語変異の動態を多角的に捉えることを目指しています。

 今後は延辺朝鮮語の研究を基盤としつつ、中国における他の少数民族言語へと対象を広げ、音声資料の収集・整理・公開に取り組んでいきたいと考えています。社会変化の中で話者数が減少しつつある言語の記録と保存は焦眉の急であり、体系的な音声コーパス構築と公開を通じて、研究基盤の整備に貢献したいと思います。

 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の学際的環境のもとで、言語資料の整備と共有を進め、少数言語の「音」を未来へとつなぐ研究を展開していくことが、私の今後の目標です。地理的・社会的・言語的なさまざまな「境界」に立つ言語の声に耳を澄ませたいという思いから、本稿を「境界に響く音」と題しました。