新任スタッフ紹介 Vol.87:カリリ・モスタファ
2025.11.13
国境を越えて研究者になる——タブリーズから東京へ
カリリ・モスタファ
(2025年10月助教着任)

私はイランのタブリーズに生まれました。母語はアゼリー語、国語はペルシア語、宗教の言葉はアラビア語でした。異なる言語と文化のあいだで育った経験は、アイデンティティや帰属意識、そして人々が文化的・政治的境界を越えてどのように関係を築くのかという問題に対する関心を育みました。この「言語とアイデンティティの狭間で生きる」経験が、私の知的好奇心の原点となりました。
子どもの頃から、人間がどのように生き、信じ、社会を築くのかということに強い関心を持っていました。学部では電気工学を専攻しましたが、次第に自分の関心が自然科学ではなく人文社会科学にあることに気づきました。中東各地をヒッチハイクで旅した際に、アゼリー人、グルジア人、アルメニア人、クルド人など、国境に生きるさまざまな人々と出会いました。彼らとの出会いは私の地域理解を大きく変え、特にシリア紛争の影響を目の当たりにしたことで、人間社会を理解する上で人類学が持つ力を強く実感しました。
東アジアへの関心は、歴史と文化の多様性に対する興味から始まりました。この関心が私を2015年に日本へと導き、大分県別府市の立命館アジア太平洋大学(APU)で修士課程を修了しました。修士研究では、国境を越えるアゼリー人コミュニティを比較研究し、歴史的・政治的背景の違いがどのように民族アイデンティティの形成に影響を与えてきたのかを考察しました。日本で過ごしたこの時期は、アジアを「対話と移動の交差空間」として理解する上で、非常に貴重な経験となりました。
その後、京都の同志社大学に進学し、イラン・イラク・トルコ三国境地域に暮らすクルマンジー系クルド人を対象に博士論文研究を行いました。2017年から2020年にかけて広範なフィールドワークを実施し、重層的な忠誠心や民族的アイデンティティ、国家との関係のなかで、人々がどのように共存や曖昧さを維持しているのかを分析しました。この研究を通じて、国境地帯における政治生活は、対立よりもむしろ繊細な交渉によって成り立っていることを学びました。
博士号取得後の2020年からは、上智大学に日本学術振興会(JSPS)特別研究員として所属し、イラン・イラク・トルコにまたがるクルド人、アゼリー人などの少数民族を比較研究の視点から探究しました。2023年4月からは京都大学白眉センターおよび東南アジア地域研究研究所(CSEAS)に白眉フェローとして着任し、学際的で自由な研究環境のもとで国際的な共同研究を発展させました。この期間中、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)およびオックスフォード大学に客員研究員として滞在し、現在もクルド研究や境界研究の共同プロジェクトを継続しています。
そして2025年10月より、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)に助教として着任しました。今後は、中東におけるエスニシティ、ナショナリズム、少数派の政治的関与(および不関与)を比較の視点から研究し、学際的な共同研究をさらに深化させたいと考えています。人類学、言語学、歴史学の専門家とともに研究を進められるAA研は、まさに私にとって理想的な学問的環境です。
タブリーズから東京までの道のりは、単なる地理的移動ではなく、地域社会の声と国際的な学問、そして人間の経験を結びつける知的な旅でもあります。