今までの研究

出土簡牘の生態的研究

 「出土簡牘の生態的研究」という考え方は、三菱財団人文科学研究助成金によって進めた研究課題「中国出土簡牘史料の生態的研究」の中で提唱したものである。2007年より3年間の計画で進められた本研究は、従来の中国簡牘研究においては扱いが不十分だった諸側面、すなわち簡牘の移動・保管・廃棄・再利用といった問題を検討するとともに、全体を不可分の連続する過程、「簡牘のライフサイクル」としてとらえることを目的とした。このような動態的把握に加え、さらに史料の形態という要素にも注目することで、簡牘ごとに異なったライフサイクルのありかたが析出される。こうした新しい史料理解の視点と方法を、多様な生物が各々のライフサイクルを維持しつつ、相互に重なり合い補完し合って一個の生態系を形成している状況にたとえ、「出土簡牘の生態的研究」と名付けたわけである。この3年間の研究は幸いにして所期の目的を達成し、制度史研究に偏った従来の簡牘学の限界を突破するための基盤を整えることができた。

(執筆:籾山明)

 

2009年8月甘粛省・エチナ調査

 本研究の前身である『中国古代簡牘史料の生態的研究』では、居延漢簡・敦煌漢簡などの西北漢簡出土地である、甘粛省・内モンゴル自治区の漢代遺跡を実際に訪れて調査した。 

 調査に際しては、簡牘を用いていた官吏たちの執務スペースの確認といったディテールの問題、新領土における県レベル社会の核となる県城位置の推定といった地域的規模の問題、さらには、漢代西北辺境防衛ラインの配置といった全体的な問題に至るまでの問題関心を参加者が共有しつつ、分担して調査に従事した。

 その成果の一旦は、籾山明・佐藤信編『文献と遺物の境界—中国古代簡牘史料の生態的研究』(六一書房、2012年)において公開されており、既に複数の書評によって高い評価を受けている。

(執筆:高村武幸)

 

2013年8月甘粛省調査

 本共同研究では、共同利用研究員が別途獲得した外部資金による研究との合同研究も実施しており、その一つが、2013年に実施した、甘粛省漢代県城等遺跡調査である。

 これは、共同利用研究員の髙村武幸を代表研究者とする三菱財団人文科学研究助成金、ならびに同青木俊介を研究代表者とする日本学術振興会科学研究費補助金により企画されたものである。漢帝国西北周縁領域であった甘粛省に現存する、漢代県城遺跡を調査して、その概要や立地条件を探ることにより、漢帝国にとっての周縁社会の意義を探り、また漢帝国内各所に設置された関所の機能や意義をも考察しようとの目的の元で計画された。併せて、必ずしも情報が十分ではない、当該地域の遺跡について、広く学界に研究材料を提供しようとの意図もある。

 本共同研究としても、西北簡牘の出土地でもあり、また、簡牘を横断領域的に研究しようという場合には、その背後にある社会や生活にまで目配りすることが求められるため、上記研究計画との合同調査は好機であり、合同での調査を実施することとしたものである。

 調査結果の要旨等については、調査終了後、データの整理が終わり次第、随時紹介していく予定である。

(執筆:高村武幸)

 

中国古代簡牘の横断領域的研究

 本研究は、アジアアフリカ言語文化研究所の共同利用・共同研究課題として2011年度から2013年度にわたり以下の要領で実施された。

研究課題の概要

 簡牘とは、木や竹で作られた「ふだ」のことをいうが、それは、中国では3世紀頃まで広く用いられていた書写材料の一つであると同時に、その形態に様々な意味が込められたモノでもある。例えば現在カードにICチップが埋め込まれるのと同様に、「符・券」という簡牘には、信憑性を確保するため、記載内容に合致する特殊な刻みが施され、またパスワードのように、文書に「封検」という特殊な形状の簡牘を組み合わせ内容漏洩を防ぐ工夫などもなされていた。こうしたモノとしての簡牘は、複雑で長いライフサイクルを有する。作成・作成目的に沿った利用と再利用から目的外の再利用と廃棄に至るまで、簡牘は時に形状と機能を変化させ時空を移動しつつ、社会生活の様々な局面に立ち会った。そのため、簡牘には当時の豊富な情報が刻み込まれている。本研究課題は、簡牘の文字情報の正確な解読を基礎に据え、中国古代の社会生活を語る証人としての簡牘に新たな生命を吹き込んで、新しい簡牘学の構築を目指すものである。

研究課題の目的

 本研究の目的は新たな簡牘学の構築にある。日本には中国簡牘研究の長い伝統があるが、近年の中国では簡牘を中心とする出土史料が大量に発見され続けている。その中には、簡牘に対する従来の認識を塗り替えるものも多く、旧来の制度史的視点を主とする簡牘研究の限界が明らかになった。加えて簡牘の複雑なライフサイクルの存在が認識されるようになり、従来型の簡牘学には大きな変容を迫っている。同時に、中国でも出土史料の研究が空前の活況を帯びているが、出土史料には伝世の典籍史料と照合できる古代文献も多いため、中国の簡牘学はそちらに目を奪われ、簡牘を単に「木や竹に記された古代文献」と捉える傾向が強い。その結果、中国古代の社会に深く根を下ろしていた簡牘のモノとしての側面への注意が欠落している。このように、単なる文献学への堕落を避けつつも、制度史的視点への偏重といった旧来の簡牘学の限界を乗り越え、簡牘の多様性に対応した多角的視点を持つ簡牘学を構築する。

研究課題の意義

 簡牘の多様性は、複数の研究者による横断領域的研究なくしては捉えきれない。簡牘の文字情報の正確な「解読」でさえ、一人の制度史家の手に負えない。簡牘に記される文字ひとつとっても、地域や時代、簡牘の使用目的によって、用いられる書体が大きく異なり、時には現在の楷書に連なる秦系漢字以外の文字も用いられ、言語学的特徴に大きな差異が生ずることすらある。簡牘の内容や形態・機能の多様性は、そのまま当時の社会生活の多様性を反映しており、文献史学の複数の専門領域による共同作業のみならず、出土状況や遺構の性質、遺物としての形態学的諸特徴などの基礎情報を正確に「解読」するための考古学的視点をも必要とする。すなわち、新たなる簡牘学には、簡牘の歴史的多面性を直視し、それを余さずに「解読」するための横断領域的な研究が求められるのである。この点にこそ、共同研究拠点としてのAA研の機能を十全に活用した簡牘学研究の意義が存在する。

研究終了報告

 本研究の主要な成果は、『文献と遺物の境界』(2011年11月)と『文献と遺物の境界II』(近刊)という二つの編著に収められている。前者は、「調査篇」と「研究篇」に分かれており、「調査篇」においては、いわゆる西北漢簡が多く出土している甘粛省と内蒙古に跨る額済納地区の漢代遺跡に対する調査に基づいて、西北漢簡の出土環境について論じ、「研究篇」においては、出土簡牘史料の生態的研究に向けて、簡牘と出土遺構の関連性について実証的分析と方法論的考察を重ねた。後者は、「史料篇」と「論考篇」に分かれており、主として簡牘の形状および制作技法に焦点を当てている。「史料篇」においては、共同研究員の高村武幸氏が開発した簡牘の形態分類法に基づいて、西北出土漢簡の代表格である居延漢簡について新たな整理手法を示し、台湾中央研究院における実物調査の貴重なデータを収録している。「論考篇」には、同じ実物調査に基づく簡牘制作技法に関する考察を中心に、史料篇の内容と対応してそれを発展的に活用する研究論文を配した。

年度別研究報告:2011年度

 これまでの中国出土簡牘研究は、文字の釈読や語句の解釈に専念するあまり、簡牘の出土遺物としての側面を軽視してきた感があるが、本研究は、簡牘が文献と遺物の境界に位置する史料であるとの視点から、中国簡牘学を新たなステージに引き上げようとする試みである。具体的には、簡牘と出土遺構の関連性、文書の書き手と行政実務、作製から再利用・廃棄に至る簡牘のライフサイクル、墓中に副葬される簡牘の意味、および紙への移行の実態などの問題について、それぞれの史料に即して実証的な分析を行ってきた。そこに見えてくるのは、多様な形態をもち、移動し、生成・消滅する動的な史料としての出土簡牘の姿であり、また担い手となる古代人の行動と人間関係である。この点において本研究は、社会史的な関心にも十分に応える内容となっているが、研究会における研究発表をもとに、こうした新しい簡牘学の構築を目指した論文集『文献と遺物の境界—中国出土簡牘史料の生態的研究』(籾山明・佐藤信編)を出版した。

 また、史料講読は、最初は「懸泉置漢簡」と張家山漢簡『奏讞書』を中心に進め、年度の後半から新たに公表された「肩水金関漢簡」も講読の範囲に含めた。中でも、「懸泉置漢簡」については、公表済み史料の講読を終え、共同研究員の片野氏を中心に現在訳注をまとめているところである。この史料について簡単に紹介すると、「懸泉置漢簡」は、いわゆる西北出土簡牘の一種であるが、「懸泉置」とは、現在の中国甘粛省敦煌市と瓜州県の境界近くに位置する漢代の宿駅の名称であり、その遺構から出土した関係でこの史料群はその名を得た。この史料群は、「伝」と称せられる通行証など交通と人の移動を伝える材料に豊富に含んでいるが、まだ正式な報告書がなく、片野氏が無数の論文や著作から収集した千枚あまりの簡牘の釈文と図版をもとに講読を行い数人の研究員の共同作業で訳注を作成した。

 なお、史料講読を中心とする研究会は都合17回開催した。詳細は2011年度年度研究会開催記録を参照されたい。

年度別研究報告:2012年度

 2012年度の主要な研究実績は三点に纏めることができる。第一、簡牘の複雑なライフサイクルを解読する上で基礎的なデータとなる形態学的情報を、西北出土簡牘を中心に分析・整理し、メンバーが開発した簡牘の形態分類法に即した形で資料集を作成した。その過程において、主要メンバーは、他の研究経費との連携により、台湾中央研究院において居延漢簡の現地調査も実施したが、本資料集は現在最終的な編集作業が進められており、2013年度中に完成させ、2014年度に出版する予定である。

 第二、ゲストとして六人の研究者の定期的参加を得て、史料講読能力を向上させた。中国では、新たな簡牘史料が陸続と公表されるのに対して、日本の研究人口がむしろ減少傾向にあり、若手研究者の養成や知識の伝承が焦眉の課題となっている。その中で、本研究会は、地道な史料講読に関心を寄せるベテランと若手研究者をひきつけ、日本における新史料講読のスポットになりつつある。

 第三、史料講読は、「肩水金関漢簡」と「里耶秦簡」を中心に進めた。「肩水金関」とは、現在の中国甘粛省金塔県の北に位置する漢代張掖郡肩水都尉が管轄する関所であり、その遺構から出土した史料群は、「肩水金関漢簡」と命名されているが、この史料群は、「伝」と称せられる通行証など交通と人の移動を伝える材料に豊富に含んでいる。一方、「里耶秦簡」とは、中国湖南省の湘西里耶古城から出土した史料群であり、その大半は、古井戸から発見されている。里耶古城は、秦代の洞庭郡遷陵県と考えられるが、もと遷陵県に保管されていた文書と簿籍が井戸に廃棄されたものと考えられる。洞庭郡も遷陵県も、秦始皇帝による中国統一の直前に設置されており、居延漢簡や敦煌簡漢等が出土している漢代の西北四郡の様に、まさに秦代の新フロンティアであった。そうした共通性を持ちつつ、軍事遺構ではなく、民政を担う通常の行政機関の文書史料といった顕著な差異もあり、漢代西北出土史料とは恰好の比較材料となっている。

 なお、史料講読を中心とする研究会は都合30回開催した。詳細は2012年度年度研究会開催記録を参照されたい。

年度別研究報告:2013年度

 2013年度は、里耶秦簡の史料講読に大きな比重を置き、里耶秦簡だけでも、26回講読を実施した。特に里耶秦簡に多くの研究時間を割り当てたのは、従来重点的に研究対象としてきた西北出土漢簡と恰好の比較材料を提供するからである。というのは、両者とも、県級の地方行政機構において作成もしくは蓄積された生の文書や帳簿から構成される史料群でありながら、統一秦と前漢後期から後漢初めごろまでというように時代がそれぞれ大きく異なる。

 この時代的差異は、ちょうど古代の地方行政が、軸足を県から郡に移し、またいわゆる諸曹掾史制が形成される期間に跨り、実に重要な方法論的意義を有する。25年度の研究では、それを主として次の二つの方向で活用することとなった。一つには、24年度作成した史料集の修正である。簡牘の複雑なライフサイクルを解読する上で基礎的なデータとなる形態学的情報を、本研究会は従来西北出土簡牘を中心に分析・整理してきたが、里耶秦簡から得られた新たな知見によって、共同研究員の高村武幸氏が開発した簡牘の形態分類法およびそれを中核として成り立っている史料集を部分的に調整する必要が生じた一方、時代を超えた共通点の出現によって、分類項目の一定の普遍性も確認することができた。もう一つには、一般に一括して理解されがちな「秦漢時代」における非連続性がより明確に意識されるようになり、この視点が、26年度以降の新規研究課題の申請と採択へと発展的に継承されることとなった。

 そのほか、正式な共同研究員に加えて、ゲストの身分で定期的に研究会に出席して研究に協力する研究者は九人に増えた。その中で、六人は、26年度以降の新規研究課題の共同研究員に加わり、三人は、引き続き研究協力者として研究課題を支えることとなり、一層研究課題の人的資源の充実を図ることができた。

 なお、史料講読を中心とする研究会は都合36回開催した。詳細は2013年度年度研究会開催記録を参照されたい。

(執筆:陶安あんど)

 

里耶秦簡と西北漢簡にみる秦・漢の継承と変革——中国古代簡 牘の横断領域的研究(2)

 本研究は、アジアアフリカ言語文化研究所の共同利用・共同研究課題として以下の要領で実施されている。

研究課題の概要

 「里耶秦簡」と「西北漢簡」とは、地方官庁で作成・使用された文書や帳簿を主たる内容とする共通性を示しつつ、秦・漢の変革を跨るという時代的特性を持つ簡牘史料である。本研究は、「新簡牘分類理論」という本研究特有の研究手法によりこの二つの史料群の正確な解読と比較研究を横断領域的に進め、伝世文献によって映し出されている「秦漢時代」の連続性を打破して、秦・漢王朝の継承と変革の実態を明らかにする。

研究課題の目的

 「秦漢時代」という言葉の背後には驚くべき異質性が隠れている。秦王朝は、戦国時代七雄の一つとして戦時総動員体制を敷き、官制や爵制等を通じて資源や労働義務の分配を中央集権的に掌握することに巧みに成功したが、統一達成後、国家による資源や労働力の丸抱えの非効率性等が露出し、体制は、新しい社会状況に対応できずに崩壊に傾いた。漢楚抗争を経て秦の故地を根拠地に再統一を成し遂げた漢王朝は、秦の法律や制度を継承しつつ、最初は運用面で工夫を凝らして制度を新しい実態に合わせ、前漢中期から後漢初期にかけて、儒教化の名の下で一種の文芸復興として再構築された経学の知識体系を参照して制度設計そのものにも大きな変更を加えていった。制度と文化の両面において先秦ないしは秦の概念が踏襲され、半ば意図的に継承性が演出されたが、本研究は、出土資料が提供する豊富な社会経済史的史料を通じて、不可視化された変革に肉薄する予定である。

研究の実施計画

 出土資料は、拡散的性格の故、好都合な記述を掻い摘んで一般化する危険を孕むが、本研究は、簡牘というシステムの中で秦と漢を分析することによって、個別的事象を超えた歴史的連続性と不連続性を分析する視点を確保している。同時に、先行研究課題における方法論的探究によって、本研究は、多分野から集まった共同研究員が共有する認識基盤を獲得した。具体的には、「中国古代簡牘の横断領域的研究」においては、永田英正以来の「古文書学的簡牘研究」と籾山明が提唱した「出土簡牘の生態的研究」とを駆使しつつ、簡牘の多様性に対応した多角的視点を持つ簡牘学の構築に力を注いできた。「出土簡牘の生態的研究」とは、文字情報に加えて簡牘の出土状況・形態・綴じ方等に関する情報等を元に、製作から利用と再利用を経て廃棄に至るまでの「簡牘のライフサイクル」を明らかにする新手法を指すが、それを通じて、文字情報に止まらない広義の文脈情報が得られ、本当の意味における史料の発掘が可能になる。さらに、高村武幸によって、形態分類と機能分類を明確に区別する新たな簡牘分類理論が提示され、本研究を支える鋭利な分析道具となっている。

 一方、「里耶秦簡」と「西北漢簡」という二つの史料群は、地方官庁において作成された文書や帳簿を主たる内容とするが、地方官庁は、国家と地域社会の接点であり、そこに生成された文書や記録は地域社会の実態を語る一級の社会経済史料である。中でも、西北簡牘が、主として前漢中期から後漢初期にかけての時代に属するのに対して、里耶秦簡は、伝世文献がほとんど原形で残されていない戦国時代最末期から統一秦に掛けて形成された。つまり、時代は、秦・漢の変革以前にまで遡り、伝世文献史料等から想定されるのとは全く異なる社会事象を前提として文書や帳簿が作成されている。それを歴史学・考古学・法学の研究者が共同して解析することにより、「秦・漢」の歴史が一新されることが期待される。

(執筆:陶安あんど)

 

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