進行中の研究

「五一広場東漢簡牘よりみた後漢時代の在地社会」

(科研費基盤研究(C)、飯田祥子代表、2019年度~2023年度)

 2010年に中国長沙市で出土した木簡、五一広場東漢簡牘を読解する。この木簡は後2世紀初に作成された行政文書であり、事件処理を担当する役所の廃棄文書であったと推測されている。このためこの木簡には2世紀初のある地域のさまざまな事件の断片を垣間見ることができる。個別の木簡に書かれている事例自体は特殊なものごとであるが、役所で作成された記録であることから、事件の処理には法律や政策が反映されていると考えられる。つまりこの木簡から2世紀初めの国家と地域社会の関わりを知ることができると考えられる。

 HP五一広場東漢簡牘研究会https://goitinokai.jimdofree.com/

(執筆:飯田祥子)

 

中国古代簡牘の横断領域的研究(5):歴史情報学活用による総合的文書簡牘学の確立を目指して

 本研究は、2023年度から2025年度にかけてアジアアフリカ言語文化研究所の共同利用・共同研究課題として以下の要領で実施されている。

研究課題の概要

 本研究課題は、歴史情報学を活用して、簡牘研究の進化を目指すものである。従来の簡牘研究は、秦漢史と魏晋史とに分かれて進められてきたが、中国古代国家が簡牘(木や竹の札)を行政の主たる書写材料として使っていた「簡牘時代」は、戦国時代(紀元前403~221)から晋代(紀元後265~316/317~419)まで続き、少なくとも秦代以降は、文書簡牘の出土が比較的均等な分布を示す。総数20万点を超える文書簡牘を本当の意味で「総合的に」研究するために、情報学活用法を探索する。

研究課題の背景

 本研究課題を発案した直接的きっかけは、先行研究課題における電子書籍の出版である。しおりや千以上のリンクにより書籍内部を自由に行き来できるナビゲーションを装着することで、紙媒体の平面的記述と比べ、資料自体の持つ立体的構造を読者に体得させることができ、発信力が大幅に増した一方、資料整理の段階から情報学を活用する必要を痛感させられた。

 先行研究課題は、重点を里耶秦簡という簡牘資料群に置きつつ、異なる簡牘資料群を専門的に扱う研究者を一堂に集めて史料講読を行ってきた。時代の幅は秦代から晋代までで、対象となる文書簡牘の数は優に20万点を超える。行政文書が簡牘に書写された「簡牘時代」を総合的に研究するには、従来研究者ごと、また資料群ごとに個別に蓄積された情報を関連付ける横断的なデータの構築・管理が不可欠である。そのために、是非とも情報学の技術力を活用し、簡牘学をデジタル・ヒューマニティーズへと脱皮させなければならない。

研究の実施計画

 情報化の需要がますます高まる中、中国古代簡牘(木簡や竹簡)の研究は、情報工学の専門知識を持ち合わせていない研究者が、如何に研究の主体性を保ちうるかという課題に直面している。不可欠になった大量の基礎情報処理を、市販や委託製作等のデータベースに頼っていては、その仕様に研究が縛られ兼ねない。また、専門知識を持たない簡牘研究者が、自らの手でリレーショナルデータベースを設計し、安定的に運営するのも至難の業である。

 さらに、出土簡牘は文字資料であるのみならず、考古学的遺物でもある。文字のテキスト性に加えて、遺物の形態や出土環境等々、資料群や遺物によっても情報の種類が千差万別である。情報学的にいえば、構造化情報と半構造情報・非構造情報とが混在しており、SQL等のデータベース操作言語に慣れた管理者にとっても扱いが極めて難しい。

 そこで、本研究課題は、簡牘研究者主体による横断的データの構築・管理を実現するため、HTMLファイル形式とフォルダという分類形式を活用する。 HTMLは、それ自体がデータベースでもあるインターネットの中心的ファイル形式である。つまり、誰もが日頃使い慣れているファイル形式を中国古代簡牘の横断的データ管理に応用する試みである。

 HTMLは、コーパスの如くテキスト性を失わずに文字データに関連情報を付与し、機械可読性を持たせることができるマークアップ言語である。その上、リンクを貼ることで多くのファイルを関連付けることも容易で、リンク先のファイルデータと連結して情報を抽出でき、リレーショナルデータベースと類似した構造化データの管理も可能となる。さらに、ブラウザにおいて表示結果を確認しつつ、テキストエディタのフォルダ内検索や置換等を通じてデータの加工ができる。正規表現と簡単なPerlスクリプトさえ覚えれば、一般の文系出身の研究者でも、ファイル・フォルダおよびリンクの自動生成から、語の自動識別や語彙分析・出現頻度分析など、資料性の強い電子書籍への出力をも念頭に置いた総合的なデータ管理が可能になる。

期待される研究成果

 本研究課題では、後述の通り機械可読性の高いHTML形式の文書簡牘コーパスを構築する予定であるが、成果公開は、コーパス自体の公開ではなく、電子書籍の出版という形で行う。その理由は、公開コーパスのメンテナンスに必要な要員が用意できないほか、電子書籍の刊行によって、従来の紙媒体書籍と同様に、校正の上一旦内容を確定させることができるとともに、CCライセンスの付与により読者にはデータのコピーと改編を許容し、オンライン・コーパスと類似した利便性を提供することができるからである。

(執筆:陶安あんど)

 

2023年度の実施状況

 本研究会は通常毎月2回(原則として第1回金曜日と、第3回金曜日およびそれに続く土曜日)研究会をオンラインで開催し、文書簡牘を対象とした共同史料講読を行うが、今年度は研究会の開催回数を少し減らし、その時間を技術開発とデータ加工に当てている。開催済みの研究会は以下の通りである。

  • 2023年度第1回研究会

    2023年4月7日(金)14:00–18:00
    14:00–15:50 陶安あんど(AA研共同研究員,明治大学)「歴史情報学研修会01:形態分類と様式分類の蓄積方法(前半)」
    15:50–16:10  休憩
    16:10–18:00 陶安あんど(AA研共同研究員,明治大学)「歴史情報学研修会01:形態分類と様式分類の蓄積方法(後半)」
  • 2023年度第2回研究会

    2023年4月21日(金)14:00–18:00,2023年4月22日(土)10:00–17:00
    4月21日
    14:00–15:50 青木俊介(AA研共同研究員,清泉女子大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘01(前半)」
    15:50–16:10  休憩
    16:10–18:00 青木俊介(AA研共同研究員,清泉女子大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘01(後半)」<
    4月22日
    10:00–11:50 飯田祥子(AA研共同研究員,公益財団法人古代学協会)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘02」
    11:50–13:15  休憩
    13:15–15:00 籾山明(AA研共同研究員,東洋文庫)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘03」
    15:00–15:15  休憩
    15:15–17:00 青木俊介(AA研共同研究員,清泉女子大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘04」
  • 2023年度第3回研究会

    2023年5月20日(土)14:00–18:00
    14:00–15:50 陶安あんど(AA研共同研究員,明治大学)「簡牘資料データベース構築におけるTEIエンコーディングの活用方法」
    15:50–16:10  休憩
    16:10–18:00 陶安あんど(AA研共同研究員,明治大学)「歴史情報学研修会02:語彙情報の蓄積方法」
  • 2023年度第4回研究会

    2023年6月17日(土)14:00–18:00
    14:00–15:50 陶安あんど(AA研共同研究員,明治大学)「歴史情報学研修会03:形態・様式分類蓄積方法の再検討(前半)」
    15:50–16:10  休憩
    16:10–18:00 陶安あんど(AA研共同研究員,明治大学)「歴史情報学研修会03:形態・様式分類蓄積方法の再検討(後半)」
  • 2023年度第5回研究会

    2023年7月22日(土)14:00–18:00
    14:00–15:50 安部聡一郎(金沢大学)「日本におけるTEIエンコーディングの活用事例について」
    15:50–16:10  休憩
    16:10–18:00 陶安あんど(AA研共同研究員,明治大学)「ヨーロッパ漢学におけるTEIエンコーディングの活用事例について」
  • 2023年度第6回研究会

    2023年9月2日(土)14:00–18:00
    14:00–15:50 鷲尾祐子(AA研共同研究員,立命館大学),山田崇仁(立命館大学)「出土資料研究におけるTEIエンコーディングの活用事例について(前半)」
    15:50–16:10  休憩
    16:10–18:00 鷲尾祐子(AA研共同研究員,立命館大学),山田崇仁(立命館大学)「出土資料研究におけるTEIエンコーディングの活用事例について(後半)」
  • 2023年度第7回研究会

    2023年9月16日(土)8:00–12:00
    08:00–09:50 青木俊介(AA研共同研究員,清泉女子大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘05」
    09:50–10:10  休憩
    10:10–12:00 飯田祥子(AA研共同研究員,公益財団法人古代学協会)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘06」
  • 2023年度第8回研究会

    2023年10月7日(土)8:00–12:00
    08:00-09:50 目黒杏子(AA研共同研究員、京都大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘07(前半)」
    09:50-10:10  休憩
    10:10-12:00 目黒杏子(AA研共同研究員、京都大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘07(後半)」
  • 2023年度第9回研究会

    2023年10月21日(土)8:00–12:00
    08:00-09:50 目黒杏子(AA研共同研究員、京都大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘08(前半)」
    09:50-10:10  休憩
    10:10-12:00 目黒杏子(AA研共同研究員、京都大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘08(後半)」
  • 2023年度第10回研究会

    2023年11月3日(金)8:00–12:00
    08:00-09:50 角谷常子(AA研共同研究員、奈良大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘09(前半)」
    09:50-10:10  休憩
    10:10-12:00 角谷常子(AA研共同研究員、奈良大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘09(後半)」
  • 2023年度第11回研究会

    2023年12月2日(土)8:00–12:00
    08:00-09:50 松島隆真(AA研共同研究員、京都大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘10(前半)」
    09:50-10:10  休憩
    10:10-12:00 松島隆真(AA研共同研究員、京都大学)「史料講読:『里耶秦簡(二)』第9層簡牘10(後半)」
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