青木 俊介「岳麓秦簡「興律」の開封者通知に関する規定」

岳麓秦簡「興律」の開封者通知に関する規定

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青木 俊介(学習院大学)

里耶秦簡の行政文書では、送付した文書に対する返事を求める際、返信の開封者、いうなれば返信の詳細な宛先を往信の中で通知することがある。例をあげよう。

六月壬午朔戊戌、洞庭叚守外字{首に奇} 下□。聽書從事。臨沅
下𡩡・門淺・零陽・上衍、各以道次傳。別書、臨
沅下洞庭都水、蓬下鐵官。
皆以郵行。書到相報、不報追。臨沅・門淺・零陽・
上衍・□言書到、署兵曹發。/如手。道一書。●以洞庭候印。(J1⑨712正+J1⑨758正)[1]
文中の「報」については、「復なり」(『淮南子』巻3天文訓・高誘注)、「猶お反のごときなり」(『戦国策』楚策4・鮑彪注)と釈され、ここでは返信を意味しており、「書到相報(この文書が届いたら[2]相手に返信せよ)」と要求している。
そして、それにともなう返信の開封者を通知する文言が「署兵曹發」である。『釈名』釈書契の、

書稱題。題、諦也。審諦其名號也。亦言第、因其第次也。書文書檢曰署。署、予也。題所予者官號也。

という説明によれば、「署」には文書を封緘する検[3]に送り先の宛名を明記するという意味があった。「曹」は太守府や県廷などの文書処理単位であり[4]、「兵曹」とは兵器関連の文書を扱う曹であろう。「發」が「開く」の意であることは、髙村武幸氏によってすでに指摘されているとおりである[5]。つまり「署兵曹發」とは、「返信にあたってはその封検上に、『兵曹が開封のこと』と書き記せ」という指示なのである。
続いて、そうした指示を受けた側による対応の一例がJ1⑧978である。封検とおぼしき簡に、「守府。戸曹發」と書かれているのだが、このように開封者を指定すれば、他者に開封されることなく封緘されたまま太守府の戸曹に届くというわけである。
以上のような返信の開封者の通知・指定は官吏による自発的なアイディアではなく、律によって義務づけられた行為であった。岳麓秦簡281/0798~282/0794に記載されている興律の規定がそれに該当する。

興律曰、①諸書求報者、皆告、令署某曹發A。∟弗告曹B1、∟報者署報書中某手B2。②告而弗署C、署而環(還)D及弗告E、∟及不署手F、貲各一甲。

文書往来の手続きに関することなので、本規定の適用対象としては、文書を発信しそれについて返信を求める側(以下、「求報者」)と、文書を受信しそれについて返信をする側(以下、「報者」)の二者が存在する。そのため、部分ごとに行為の主体が入れ替わり、それが本条文を難解なものにしている。原簡文にして三つの句読点(「∟」)が打たれているのを見ると、秦の官吏にとっても難読な一条であったことがうかがえる。
そこで、本条文に規定されている行為をA~Fに分け、それぞれの主体に注意しつつ、読解を試みたい。

①処罰の前提となる処理原則
A:「諸書求報者、皆告、令署某曹發」
明示されているとおり、この箇所の行為主体は求報者である。
往信に対する返信を求める際、求報者はいずれの場合も返信の開封者(宛先)を通知し、報者に「某曹發」と記入させるよう定めており、本来とるべき処理の仕方がここに示されている。
なお、「某曹發」の具体的な記入場所について指示がないのは、前掲『釈名』釈書契からうかがえるように、このようなケースにおいて「署(しる)せ」といわれれば、当時の人々にとっては封検に記すのが自明であったからであろう。

B1:「弗告曹」+B2:「報者署報書中某手」
B1は、Aで定められた行為が履行されなかった場合をいっているので、その行為主体は求報者である。ただし、「∟」以降のB2では、主体が求報者から報者に替わっている。
求報者がAで定められた行為を履行せず、返信を開封する曹、換言すれば返信の詳しい宛先を通知しなかった場合(=B1)、報者は往信に署名された当該文書案件の担当者名(「某手」)[6]を開封者に指定して返信しなければならなかった(=B2)。
この箇所は、求報者側がミスを犯した場合における報者側の対処法を示したものといえる。
以上のように①(A・B)の部分は、文書の往来に関する処理原則を定めたものである。これ自体は罰則規定ではないが、後続する②のC~Fの行為が「貲各一甲」に処されるのは①の定めに違反しているからであり、②の前提として①が条文前段に掲げられているのである。
②に列挙されている違反行為C~Fの表現が簡潔で、行為の主体が省略されているのは、①を前提にして述べているためであろう。またそれゆえに内容がリンクしており、①に基づいて②を解釈することができる。

②処罰の対象となる違反行為
C:「告而弗署」(処罰対象者=報者)
「告」は①においては、求報者が返信を開封する曹を報者へ通知することをいう。一方で「署」は、報者が返信の開封者を封検に明記するという意味で使われている。これを踏まえるならば「告而弗署」とは、求報者が返信を開封する曹を通知したにもかかわらず、報者が通知どおりに開封者名を記さなかったことを指す。

D:「署而環(還)」(処罰対象者=求報者)
「署」についてはCの場合と同様。「環(還)」は睡虎地秦簡「法律答問」や張家山漢簡「二年律令」に見える「三環(還)」と同じく[7]、文書を受理せずに差し戻すことと考えられる。
報者が求報者より通知された開封者を「署」して返信してくるのだから、それを「還」する主体は求報者に他ならない。よって「署而還」とは、報者が通知どおりの開封者を記して返信を寄越したにもかかわらず、求報者がそれを受理せずに差し戻すという意味であろう。

E:「弗告」(処罰対象者=求報者)
「告」は求報者が返信を開封する曹を報者に通知することだが、「弗告」とはそれをしないことであり、Aに対する違反行為である。
前述のとおりB自体は処罰規定ではないが、B1で言及されている求報者のミスが、ここで処罰の対象としてあげられている。

F:「不署手」(処罰対象者=報者)
Eとの間に「∟」が打たれているが、これは、「及」で接続されているものの、Fの行為主体がEとは異なるからと思われる。
B2に対する違反行為であることは明らかで、求報者による返信の開封者通知がなかった際、往信の手者宛てに返信という対処を報者がとらなかったことをいう。
手者以外を開封者として送信すれば本規定により罰せられたであろうし、求報者から返信先を知らされていないからといって、留置させることも許されなかったのであろう。
これまで述べてきたことを総合し、書き下しと現代語訳をするならば以下のようになる。なお、書き下しの太字となっている部分の主語は求報者、斜体となっている部分の主語は報者である。

興律に曰く、諸そ書の報を求むる者は、皆な告げ、某曹発けと署させよ。曹を告げざれば、報ずる者は報に書中の某手を署せ。告げぐるも署さず、署するも還す及び告げず、及び手を署さざるは、貲すること各々一甲と。

(興律にいうことには、「およそ公文書について返信を求める場合は、いずれも返信の開封者を通知して、『某曹が開封のこと』と返信の封検に記入させよ。求報者が返信の開封者として記すべき曹を報者に通知しなかったならば、報者は返信の開封者として、往信に記載されていた手者の名前を記入せよ。求報者が返信の開封者を通知したけれども報者がそれを記さなかった場合、報者が通知どおりの開封者を記してきたけれども求報者がそれを差し戻した場合、求報者が返信の開封者を報者に通知しなかった場合、開封者の通知がなかった際に手者の名前を開封者として記さなかった場合は、罰金それぞれ一甲」とのことである。)

例えば、文書の封検に「廷」とさえ書かれていれば、県廷には届いたであろう。しかし、具体的な開封者の記載がない場合は、まず県廷の誰かが文書を開封しその内容を判定したうえで、しかるべき者に回送したと考えられる。そのため必然的に、無関係な者に当該文書の記載内容が漏れることとなる。また、本来の担当者の手元に届くまでに余計な手間がかかることになるし、下手をすると県廷内で誤配が生じたり、文書が迷子になる恐れすらある。そこで返信の開封者を指定することによって、こうした齟齬を防いだのであろう。
加えて、往信の不備への対処法であるBの規定は、これをあらかじめ定めておくことで開封者の確認にかかるタイムロスをなくし、速やかな返信を報者に促すための工夫と考えられる。
要するに、岳麓秦簡「興律」の本条文の規定は、文書往来の機密性やその配送の確度・速度の向上をはかるために制定されたものということができる。

編集者注記:2017年3月14日入稿

[1]綴合と釈文については、游逸飛・陳弘音「里耶秦簡博物館蔵第九層簡牘釈文校釈」(『簡帛網』http://www.bsm.org.cn/show_article.php?id=1968、2013年12月22日発表、2017年3月7日閲覧)を参照した。
[2]「書到」の「書」がその文言を記した文書自体(「この文書」)を指していることについては、鷹取祐司「漢代官文書の種別と書式」(同氏著『秦漢官文書の基礎的研究』第1部第1章、汲古書院、2015年、2003年初出)参照。
[3]文書の封検については、拙稿「封検の形態発展―平板検の使用方法の考察から―」(籾山明・佐藤信編『文献と遺物の境界Ⅱ-中国出土簡牘史料と生態的研究-』東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所、2014年所収)参照。
[4]土口史記「秦代の令史と曹」(『東方学報』京都、第90冊、2015年)。
[5]「発」が文書の開封を意味することについては、髙村武幸「『発(ひら)く』と『発(おく)る』―簡牘の文書送付に関わる語句の理解と関連して」(『古代文化』第60巻第4号、2009年)参照。
[6]「某手」が当該文書案件の担当者を意味することについては、「里耶秦簡J1⑧1517の作成過程と「某手」の示すもの」(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所「中国古代簡牘の横断領域的研究」ホームページ研究ノート、http://www.aa.tufs.ac.jp/users/ Ejina/note/note22(Aoki).html、2017年2月16日発表、2017年2月22日閲覧)参照。
[7]免老告人以爲不孝、謁殺、當三環之、不。不當環、亟執勿失。
(睡虎地秦簡「法律答問」102簡)
  年七十以上告子不孝、必三環之。三環之各不同日而尚告、乃聽之。
(張家山漢簡「二年律令」36簡)