1. 期間・時間と場所 詳細
シベ語研修は,2011年8月15日(月)から9月16日(金)までの5週間(土・日は休み)実施した。1日4時間(午前2時間,午後2時間)で25日間,合計100時間であった。会場は,東京外国語大学AA研のマルチメディア会議室(304室)を利用した。
2. 講師 詳細
研修期間中は,全日程,全時間を,日本人講師久保智之(九州大学教授)・児倉徳和(日本学術振興会特別研究員)と,ネイティブ講師庄声(京都大学大学院生)が担当した。また,8月18日(木)と19日(金)には,文化講演として,楠木賢道氏(筑波大学教授)と加藤直人氏(日本大学教授)に,それぞれ2時間分を担当していただいた。
3. 受講生 詳細
受講生は7名(学部生1名,大学院生2名,大学教員2名,会社員1名,退職者1名)であった。うち1名は,研修を約3分の2受講した時点で,仕事の都合で出席ができなくなったが,それまで皆勤であり,成績も優秀だったので,検討の上,修了と認定した。
4. 文化講演 詳細
文化講演では,お二人の歴史学者に,シベ族の歴史について,分担してお話いただいた。シベ族は,もともと中国の東北地区にいたが,清朝の乾隆年間(1764年)に,命によって,その一部(4千数百名)が,中国新疆に移住し,現在に至っている。現在,東北地区のシベ族は全て漢語化しているが,新疆ウイグル自治区のシベ族は,現在も2万数千名が,シベ語を話している。文化講演では,まず楠木賢道氏(筑波大学教授)に,8月18日の午後2時間,中国東北地区におけるシベ族の歴史について話していただいた。また,現在のシベ族のようすについても,わかりやすくお話いただいた。続いて加藤直人氏(日本大学教授)に,8月19日の午後2時間,シベ族が東北地区から新疆に移住した経過について,詳しくお話いただいた。
5. 講義内容 詳細
今回の研修は,おそらく世界で初めて実施された体系的なシベ語研修であった。ただ,最後まで冊子体のテキストを配布することができず,受講生の方々には不便をおかけした。また,事前に数回打ち合わせを行ないはしたが,講師3人の間で,意見の統一ができていない文法事項も多く,この2点で,受講生の方々には,御不満を抱かせたものと思う(もちろん,問題のある部分も,教室ではそれなりの統一見解を示すことはした)。しかし,受講生の方々のすばらしい意欲と努力のおかげで,5週間の研修の成果には,目を見張るものがあった。以下,詳細を述べる。
第1週は,発音の習得に重点を置いた。シベ語にも,満洲文字とほぼ同じシベ文字が存在するが,口語との乖離が大きいため,今回の研修では,口語の音韻表記を,表記法として採用した。この音韻表記は,個々の発音はもちろん,イントネーションまで,精密に表記し分けることを目指した形態音韻論的表記である。中国で数冊出ているシベ語の記述書や教科書では,漢語のピンイン表記に大きく影響された表記法が採用されており,シベ語の表記として合理的とは言えないため,今回は採用しなかった。シベ語には,日本語にない音素や,複雑な音韻過程が多い。軟口蓋音と口蓋垂音の区別,r と l の区別など,最初は苦労していた受講生も,研修が終わる頃には,見違えるほど自然な発音になっていた。
発音の訓練が一通り終わってからは,形態論(名詞,動詞を中心に)的な構造を習得してもらう練習を開始した。会話の練習も開始した。この練習は,最終週まで続いた。会話では,自然な発音,イントネーションの練習を行なった。受講生に会話を作ってもらう練習も行なった。
第2週からは,会話と並行して,文型練習を開始した。名詞文から始めて,複文,モダリティ表現に至る練習は,最終週まで続いた。これは,新しい単語の習得と,作文練習を中心としたもので,受講生の作文を全てネイティブ講師に直してもらい,日本語との相違を学習した。また,それらの作文を全て録音してもらい,音声ファイルを復習用として配布した。基本文型なども録音した復習用音声ファイルは,最終的に2ギガを超えた。
第2週と第3週の週末には,シベ文字の読み方を学習した。口語との乖離が大きな文字であるため,口語との違いに注意を向けつつ学習した。
第4週と第5には,音声テキストの聞き取りの練習も行なった。また,シベ語の歌も,古いもの,新しいものを,数個選んで学習した。
最後の時間には,受講生の皆さん自作の寸劇を披露していただいた。これは,講師陣は一切タッチせず,受講生だけで脚本を作成し,練習を重ねたものであった。研修が終了して1年立ったあと,チャプチャル(シベ族が住む中国新疆ウイグル自治区の村)で皆が再会したという場面設定で,7分以上に亘る寸劇は,みごとなものであった。最終的に6名の受講生となったが,個別的な指導もある程度でき,ちょうどよい人数であった。現在は,メイリングリストを立ちあげ,シベ語を使ったメイルのやりとりを,さかんに行なっている。今後とも,教材の配布などを続ける予定である。
以上
(久保智之)
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