日本学術振興会 人文・社会科学振興プロジェクト研究事業
領域II - (1) 平和構築に向けた知の展開

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松林公蔵(まつばやし・こうぞう)

1950年生まれ。1977年京都大学医学部卒業。1987年京都大学医学博士号取得。
現在、京都大学東南アジア研究センター教授。
主要業績:
『インカの里びと』(高知新聞社、1995)
『長寿伝説の里』(高知新聞社、1992)
「その他の痴呆症疾患」(折茂肇編:『新老年学』東京大学出版会、1999)

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  東南アジア研究所の松林と申します。私は高齢者の医学が専門でしたので、医学を通じて地域に入りました(スライド1)。高齢者の方々の病気というのは、病院医学だけでは、必ずしも解決しません。高齢者の疾病は、若・壮年期の疾病と異なり、完全に治癒させてしまうのが困難な慢性疾患だからです。高齢者が慢性疾患という生活上の課題をかかえて、生活するのは地域であり、家庭であります。したがいまして、病院周辺の地域介入研究にまず入っていきました。昨日来、日本の地域研究者は日本の地域をやらないのかという話がありましたが、私は日本の地域に対する医学的介入研究が原点であります。最近はアジアの高齢者の方々を診察しておりますが、日本とアジアの高齢者を比較しながら、高齢者の疾病、生活機能、死生観などについて考えております。

 この「人間の安全保障」という問題は、詰まるところ人間の生命と財産ということになりましょうけれども、いわゆる視点、その考察する対象が国家なのか、民族なのか、家族なのか、個人なのかという対象の位相によって若干異なります(スライド2)。しかし私のテーマは医学ですので、ここでは、まず個人を対象とし、ついで家族、一部に民族といった考察を展開したいと思います。 「人間の安全保障」を考察するに際して、社会の高齢化という現実を無視することはできません。スライド3は日本における1950年から2050年までの人口の推移を示したものです。日本の人口は2006年をターニングポイントとして減少に向かいますが、赤の部分でお示しした、65歳以上の高齢者の割合はどんどん増えてきて、2050年には、37%くらいになると予想されます。それらを背景にした1人あたりのGNPがこれからどういうふうに向かうのかに関しては、おそらく経済の方々は様々な予測をされるでしょうが、まだよくわかりません。

 「朝は4本足、昼は2本足、夕方は3本足となる動物は何か?」というのは、有名なギリシャ神話に出てくるスフィンクスの謎であります。スフィンクスという怪物が、テバイの城門で旅人にこの質問を投げ掛け、答えられなければ殺してしまったと神話は伝えております。朝は4本足、昼は2本足、夕方は3本足となる動物は何か。これを解くのはオイディプス王ですが、幼児人は四肢で這い、成人になれば2本足で立ち、夕方つまり晩年になると杖をつくから3本足、すなわち人間の生涯を描いたものであると解くわけです。

 ギリシャの2500年前までさかのぼることもなく、近々50年前まで、老人というものは杖をつくようになれば、やがてろうそくの火が消えるように亡くなっていくものだと思われておりました。しかし現在、人の一生は杖をつく夕方では終わりません。このあとに、寝たきりや痴呆という、長い長い夜の時代があります。したがってこの夜の時代にどのように対応するかというのが、老年医学の最大の課題であります。

 事実、15年くらい前まで、いわゆる華々しい急性期病院と表裏してある慢性期病院には、スライドのようなお年寄りの方々がたくさん入院しておられました(スライド4)。意識はなく、自分で動くこともできません。しゃべることもできず、食事は鼻からの管を通じてしか摂取できません。このような寝たきりのかたは、近年減ってはきましたが、まだまだたくさんおられます。意識がなくても、医療スタッフは日夜、その方々の生命保護を行っているわけです。このような老人病院では、さまざまな人間模様があって、一月に1回くらいは危篤状態になられることがあるのですが、最初の数回はご家族が集まってこられますが、何度にもなると、とても集まれない。あるいは寝たきりの方々の年金を使って生活している子供さんたちもおられます。その人たちは亡くなったら年金が打ち切られるので、とにかく可能な限り延命してほしい、といった要請をされます。このように、老人病院の現実は、医学のみでは対処できないさまざまな矛盾があります。したがって、このように疾病や生活機能が非可逆的になる前に何とか手を打てないかということで、地域に入って予防介入していこうというのが、私の地域研究に入った最初の動機でもありました。

 私は15年間、高知県におりました。介入地域として、高知県の香北町という、人口6000人、高齢化率が30%の町に入りました(スライド5)。いわゆるマルチ・ディシプリナリーという問題は、医学でも大きな問題です。たとえば現在、病院内では臓器専門が細分化されて、脳、心臓、肝臓、これら各々が完全なディシプリンであります。同じ医師でも心臓、腎臓、あるいは脳の研究者が、研究の最先端に関してはほとんど相互には了解不可能なほど学問の先端は先鋭化しています。しかし一人の病人、とくにひとりで多くの病気をもっている高齢者に対応するためには、この人たちが協力しなければいけませんし、また地域に出たら、医学以外に保健、リハビリ、介護が協力する必要があります。さらに社会という観点に立ちましたら、医療、経済、政治、心理、社会が共同対応する必要があると思います(スライド6)

 このような観点から地域に出たコンセプトは、高齢者を病気の単位だけで見るのではなく、生活機能障害がどうか、あるいは社会的背景がどうか、生きがいはどうかといった複数のディメンションから、高齢者の健診に入りました(スライド7)スライド8は健診風景です。

 スライド9は、調査初年度の香北町の成績ですが、縦軸は自分で自分のことが完全にできる自立度を示し、横軸は年齢です。65〜74歳の方は9割以上、自分で自分のことができます。それが75〜84歳になると7〜8割に減ります。85歳を超えると、半数以上の方が人の手を借りなければ生活できないという現状が明らかになりました。したがって、生活自立度が加齢とともに低下していくことはやむをえないにしても、何とかこれを底上げできないかということを当初の介入研究の目的にしたわけです。

 様々な介入を行ったわけですが、スライド10がそのまとめです。65歳以上の高齢者の方々に毎年、健康関連アンケートをいただくとか、75歳以上の全高齢者を毎年、診察するといったことをやりました。そのときは医師団、保健所、町の保健福祉係あるいは産業振興課、農協、その他、様々な民間ボランティア組織の人たちと、マルチ・ディシプリナリーな対応をせざるをえないわけです(スライド11)

 その結果、どうなったかというのが、スライド12です。日常生活の完全な自立度の1991〜2001年の推移です。1991年は、完全に自立している人が70%くらいでしたが、介入の3年目からだんだん上昇し始めて、だいたい85%程度をプラトーとして自立度が高まりました。

 一方、このような介入によって医療費がどのように推移したかというのが、スライド13です。赤のポイントは高知県平均の、老人1人あたりの医療費を示したものです。黄色のポイントは介入した香北町の医療費です。香北町は高知県の平均よりも高齢化率が高かったものですから、介入前は1人あたり3万円高かったのですが、介入を始めて高知県の平均並みになっています。やがて数年の間県の平均とパラレルに推移しますが、1995年度から高知県の平均を下回るようになりました。最大に開いたときは、1人あたり約5万円の医療費の伸びの抑制に成功したわけです。1人あたり5万円といいますと、香北町には約2000人の高齢者がいますので、約1億円の医療費の抑制につながったと解釈されます。したがって医療費の面から見ても、このような介入をある程度の費用をかけてもやる価値があることがわかってきました。

 本介入研究は、医学的研究という意味では、元気な老人が増加したということで、その目的を達成したわけですが、この老人たちからいろいろなコメントがでてきました。元気にしてもらってよかった、しかし元気な私たちはいったい何をするのかという問題です。したがって医学としてはこれで終了ですが、老年学としては次の課題がでてきたことになります。

 現在の田舎の農村部は高齢化、過疎化し、農地は荒廃しております。畑でつくった作物を自分で食べることはしますが、それを売るというシステムにつながりません。したがっていままでつくったもので消費できないものは、近所の人に分けるか、孫にあげるか、あとは廃棄するというのが実情でありました。農作業の積極的モティベーションがわきません。それで、高齢者の農作業を何とか活性化できないかということで、従来の保健・福祉部門から産業振興課、農協などと協議しました。そして、関係担当課の協力を得て、個々の農家から加工品、農産物を集荷するシステム(スライド14)、それを直販していくシステム(スライド15、16)をつくりました。この中には松ぼっくりとか、いろいろ工夫した産物があります。各農家あるいは地域が競争のようにして、いいものをつくっていこうという意味では、収益はあまり合いませんが、いいリハビリテーションになったと思います。

 この集荷、直販システムは「活き活き生産部」と呼ばれ、平成7年に始まって、当初の純益が2700万くらいだったのが、平成12年には8400万円くらいまでに上がっています(スライド17)。これは1人あたりの収入になおすと、たかだか月額2万円程度のものですが、少なくとも元気になった高齢者の方々にやりがいができた、ということにつながったのではないかと思います。

 では、こういう介入成績が高知県だけの特殊な問題なのか、あるいは日本の他の地域でも言えるのかどうかということのために、現在では北海道、滋賀県、京都府で同じように高齢者の健康度、生活機能を追跡中です(スライド18)

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