日本学術振興会 人文・社会科学振興プロジェクト研究事業
領域II - (1) 平和構築に向けた知の展開

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松里公孝(まつざと・きみたか)
1960年生まれ。1991年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程中退、1996年東京大学大学院法学研究科法学博士号取得。
現在、北海道大学スラブ研究センター教授。
主要業績:
"The Last Bastion of Unitarism? Local Institutions and Party Politics in Lithuania 1990-2001," Eurasian Geography, Vol. 43, No. 5, 2002, pp. 383-410
"The Split of the CPSU and the Configuration of Ex-Communist Factions in the Russian Oblasts: Cheliabinsk, Samara, Ul'ianovsk, Tambov, and Tver (1990-95)"(『「スラブ・ユーラシアの変動」領域研究報告輯』No.12、スラヴ研究センター、1996年)
"Empire and Society: New Approaches to Russian History, 218, (スラヴ研究センター、1997年)

 松里でございます。私は幸か不幸か、「人間の安全保障」が問題になるほど人権状況が悪い国の研究をしたことがありません。たとえば投票所の横に兵隊さんがマシンガンを持って立っているといった地域、旧共産圏でも旧ユーゴやチェチェンというところがありますが、そういうところは研究していません。そこで本日は、自分の体験の範囲から次の三つのことを四方山話と申しましょうか、問題提起したいと思います。

 まず第一は、旧ソ連圏を対象とする研究者が現地調査で突き当たる、自分自身の人権問題です。つまりいかにして自分の身を守るかという問題です。第二点は、自分に親切にしてくれた人、あるいは自分のインタビューに応じてくれた人にいかに迷惑をかけないかという問題です。これは間接的には、現地調査が現地社会に及ぼす一種の波紋になりますが、これが第二点です。第三点は、研究対象国、研究対象地域の人権問題といかに向かい合うかという問題です。これらの3点について、自分の体験の範囲からお話ししたいと思います。

 第一は、いかにして自分の身を守るかという問題です。概して旧ソ連圏の治安状態はそんなに悪くないので、いちばん怖い思いをするのは、犯罪者との関係ではなく、警察を始めとする国との関係においてです。特に旧ソ連に共通した問題ですが、脱共産主義過程において、非常に野放図なかたちで、暴力機構やコントロール機構が膨張したわけです。警察、交通警察、外国人管理機構、税関、国境管理機構などです。国がバラバラに分かれましたから、雨後の竹の子のように国境管理機構も膨張したわけです。

 暴力機構、コントロール機構がこれだけ膨張していながら、職員は大変低賃金ですし、しかも給料が遅配するとなると、国家公務員は自分でお金を稼ぎ始めます。つまり国自体が最大の犯罪機構になっていくわけです。その反面、法制度には非常に非合理な面がありますから、そうすると市民や外国人をいかにはめてワイロをとるかということを、警察官を始め、こういうところに務めている職員さんは絶えず考えているわけです。こういったことはもちろん共産主義時代にはありませんでした。あったかもしれませんが、いまほどひどくはありませんでした。

 私は共産主義時代にソ連に2年間留学しましたが、路上で警察官に「お前、パスポートを見せろ」と言われたことは一度もありませんでした。いまはこういう光景は辻々で見られます。交通警察に関する有名な小話があります。警察官が車を停めた。「何の交通違反をしたのか」と聞いてみると、「いや、何も違反していない」。免許証を調べる。問題ない。車検を調べる。問題ない。車の整備状況を調べる。問題ない。「おいおい、もういい加減に自分を解放してくれよ」と言うと、警察官は「いや、俺には子供が3人いるんだ。お前が違反をするまで、俺は待っていられない」と言ったという話があります。(笑)

 私たち外国人研究者がフィールドワークに行く場合に、ロシアとベラルーシ、中央アジア諸国にはまだ残っていると思いますが、外国人登録制度があります。日本にもありますが、日本の場合はある程度の長期滞在者を対象としたものです。CIS諸国の場合、外国人がある都市に3日間住む場合は、そこの警察に登録する義務を負います。ただし、ウクライナは近年これを廃止しました。

 これはかなり面倒くさい制度であって、簡単に登録できればいいのですが、いろいろな要求をされます。たとえばお前が住んでいるアパートの家主の手紙を持ってこいとか、お前に責任を負っている招聘機関の書類にこれこれの問題があるということで、なかなか難しい。しかし面倒くさいからといってこれをすっぽかすと、路上で警察官にとめられたときにひどい目にあいます。

 もう一つは、警察が市民の身を守ってくれないということです。私は1996年当時、ウクライナに住んでいたのですが、いま言ったような事情で大変な苦労をして外国人登録をしました。ところが外国人登録をした直後、パスポートをすられました。外国でパスポートをすられると、警察の盗難証明をもらわないといけません。警察の盗難証明をもらって初めて、日本の在外公館が新しいパスポートを発行してくれます。

 ところが警察が被害届をなかなか受理してくれないのです。なぜかというと、目撃者もいないし、あなたのパスポートを盗んだスリを捕まえることは事実上不可能だ。自分たちは自分たちの検挙率を下げたくない。この署の検挙率が下がると、自分たちが譴責を受ける、だから被害届を受理しないと言うのです。

 ですから路上のあちこちで警察官が外国人狩りをしている国で、私は2週間くらい、パスポートなし、ビザなし、警察の盗難証明なしで暮らさざるをえなかったわけです。それは私の国外での研究生活の中でいちばん苦しかった時期です。

 税関についても同様です。たとえばモスクワからキエフに汽車で行きます。国境で、自分が外貨をいくら持っているかを書類に書き込まなければいけません。それを書き込んでいないと、国を出るときに1000ドル以上の外貨は持ち出せません。日本も貧乏だったころはそうだったのではないでしょうか。外貨管理が非常に厳しくて、持ち込んだお金以上の外貨は持ち出せず、ましてや税関証明書がなかったら1000ドル以上は持ち出せないというルールです。

 ところが国境線で税関の職員が間に合わなくて、汽車の一つひとつのコンパートメントに来てくれないわけです。その証明書なしにウクライナ国内に入る。出るときにはどういうわけか間に合います。お前は外貨申告していないではないかと言われて、これがまた大問題になるわけです。どうやってこのハラスメントから逃げるかということも、神経をすり減らさなければいけない問題の一つです。

 ロシアではFSB、ウクライナではSBUという政治警察があります。昔のKGBです。この人たちとうまく付き合っていくのもなかなか大変です。私は政治学者で、同時に歴史家でもありますが、現状分析をやっているのなら、こちらも向こうの政治家の身辺を嗅ぎ回るわけですから、対抗措置として向こうがこっちの身辺を嗅ぎ回っても、まあおあいこです。しかしそうではなく、たとえばアルヒーフ(文書館)に座って19世紀の文書を読んでいるときには、こういう人たちが寄ってこないといった法則性は全くありません。

 もちろん私はFSBですと言ってくるわけではなく、多くの場合ジャーナリストのふりをします。たいがい女性です。私は現地でマスコミの取材には一切応じないことにしていますが、しつこさが全然違います。取材を断っても、文書館か何かで待ち伏せしています。だからその時点で、どういう人なのかすぐわかるし、質問の内容から言っても、明らかに普通の新聞記者ではありません。どういう経路を通ってロシアに入ったか、ホテルの何号室に住んでいるか、この町で会った人の一覧表を見せなさい、あるいは誰と金銭授受関係があったか言いなさいとか、普通の新聞記者なら絶対に聞かないようなことを聞いてきます。

 だからすぐにわかりますが、どうしようもない。断ったりして変につきまとわれても困りますから、誰と会ったかとか、他人に関すること以外は、全部話します。しかしその場合でも、私は個人的な、ささやかなレジスタンスとして、写真は絶対に撮らせませんし、言葉をテープには録音させません。いろいろ四方山話をしましたけれども、これが旧ソ連圏で現地調査する人にとって必ず自分の身にかかわる問題です。

 第二に、自分の面倒を見てくれた人にいかに迷惑をかけないかという問題があります。これはどこまでが旧ソ連の特徴なのか、それとも他の国にも共通した特徴なのかわかりませんが、FSBや外国人登録といった機関が監視しているのは、私たち外国人そのものではなく、むしろ外国人を呼んだり、招聘状を出したり、面倒を見ている自国の個人や機関なのです。だから彼らにとっては、誰と接触しましたか、誰にお金を払ったかという問題が最大の関心事になるのです。

 ずいぶん昔、1995年の話になりますが、私はウリヤノフスク州というところで現地調査しました。ここは人権状況が悪いので有名だったのですが、行ってみたら本当に悪かったのです。同僚のアパートの部屋に転がり込んで、そのあとすぐに、日本の県庁に当たる州の行政府に行って、調査させてくださいと、私の職場名の手紙を出しました。ところがその3時間後に、私を住まわせてくれていた同僚が自分の大学の学長から呼ばれて、「お前のところにいま日本人が泊まっているだろう。24時間以内に彼をこの町から追い出せ。われわれは日本人がこの州でスパイすることを絶対に許さない」と言うわけです。

 もう一つ別の例をあげると、ロシア西部のカメネツ・ポドリスキーという、昔のポドリア県の県都だった町には、旧ソ連の中でもいちばん豊かな文書館の一つがあります。その文書館職員を相手に19世紀のユダヤ人教育というテーマで委託研究を組織しました。ところが旧共産圏ではよくある話ですが、文書館の館長が自分の懐にお金を半分くらい入れてしまって、実際に仕事をしている人には半分しか払わないわけです。普通は10分の1くらいしか払わないから、この館長は大変良心的です。にもかかわらず、私の委託研究が原因で、職員と館長の間に厳しい対立関係が起きて、職員が向こうの文書総局にあたるところに直訴して、その館長をクビにしてしまいました。

 それもずいぶんひどい話ですが、そのあと私は日本人の同僚と一緒にその文書館で働きました。日本人の同僚は民間のアパートに泊まったのですが、盗難に遭いました。そのとき私は初めて、ウクライナで言えばSBUですが、その手の機関の人間が、公然と名乗って調査しているのを見ました。そこはソ連西部の有名なアルヒーフで、ポーランド人やユダヤ人が自分のルーツ探しのために家系図を求めてやって来るわけです。そうした事情で、その文書館は絶えず外国人とのコンタクトがありますから、その手の機関と非常に密接な関係にあります。

 日本人の盗難事件が起こったのが、館長が辞めさせられた直後で、そのあとどうなったかというと、元館長と職員の双方がその手の機関に密告合戦を始めました。そうこうしているうちに、その文書館が火事に遭って、旧ソ連でもっとも価値のあるアルヒーフだったのにほとんど焼けてしまいました。天罰覿面と笑っている場合ではありません。

 先ほど私は絶対にマスコミの取材に答えないと言いましたが、なぜかというとその地域の政治に影響を及ぼしてしまうからです。たとえば誰か政治家にインタビューしたとすると、その姿を勝手にカメラにとらえて、夕方のニュースで流されたりします。断っても、勝手に撮って勝手に流します。そうすることによって、いずれかの政治家にとってはプラスになり、いずれかの政治家にとってはマイナスになるわけです。私はそれが嫌いなので、肖像権を盾にして断ることにしています。申し上げたように、断っても勝手に撮られるのですが。

 最後に、研究対象国の人権問題について簡単に触れたいと思います。調査対象国に行ってみると、前評判より人権状況が悪い場合があります。ところが逆の場合、つまり前評判より人権状況が良いという場合もあります。私がいままで体験した中では、ベラルーシ、タタルスタン、プリドニエストル(これは非承認国家で、モルドワから事実上、独立していますが、国際社会は承認していません)の三つは、事前の風評では人権状況が悪いとされていましたが、行ってみると逆でした。ベラルーシはご存じですね。ルカシェンコ大統領は奇特な行動で有名で、人権状況が悪いと言われていますが、行ってみると実際はそんなことはないわけです。

 私は、これは非常に深刻な問題だと思います。国際社会のレッテル貼りとバッシング、つまり人権状況が悪くても、たとえば親米だったり親西欧だったりすると、大目に見られる。人権状況が必ずしも悪くないのに、国際政治の一定の文脈の中に置かれると、この国は人権状況が悪いとレッテル貼りをされてバッシングを受ける。バッシングを受けたお陰で人権状況が本当に悪くなる、といったことまで起こるわけです。

 それに対してどういうふうに私たちが対応していくべきかを考えると、結局、日本で自分の目で実際に見たことを伝えていくべきだと思います。自分の実体験だからエッセイ、旅行記にしかならないと思いますし、学術論文にはなりませんが、自分が観察した範囲での真実を日本の社会に伝えていく必要があると思います。以上です。どうもありがとうございました。

 

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