1. 研修の概要 詳細
研修期間: 2014年8月14日(木)~ 2014年9月12日(金) 研修時間: 132時間 研修会場: 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 本研修は2014年8月14日(木)から9月12日(金)までの22日間,1日あたり6時間(午前2時間,午後4時間),合計132時間実施した。
会場は,アジア・アフリカ言語文化研究所マルチメディアセミナー室(306)を利用した。
2. 講師 詳細
- 主任講師:
- 品川大輔(香川大学経済学部准教授)
- 外国人講師:
- Monica Apolinari(Eckernforde Tanga University講師)
- 文化講演講師:
- 辻村英之(京都大学農学研究科准教授)
- 溝内克之(公益社団法人青年海外協力協会 / 独立行政法人国際協力機構タンザニア事務所企画調査員)
- 阿部優子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所特任研究員)
3. 教材 詳細
- 『チャガ゠ロンボ語(Bantu E623)文法スケッチ/ A grammatical sketch of Chaga-Rombo (Bantu E623)』 (品川大輔)
- 『チャガ゠ロンボ語(Bantu E623)基礎語彙集 / A Basic Vocabulary of Chaga-Rombo (Bantu E623)』(品川大輔,モニカ・アポリナリ)
これら2点の教材は,研修実施前に準備したものを土台としつつ,研修時に得られた知見や,研修中に並行的に行った調査によって完成したものである。
『チャガ=ロンボ語文法スケッチ』は,以下に示す『チャガ=ロンボ語(E623)文法調査票』作成のための予備調査,および,それを用いて行った研修時の調査によって得られたデータをもとに,同言語の文法の概略を記述したものである。
『チャガ=ロンボ語基礎語彙集』は,研修準備のための事前調査,および研修時に並行して行った補足調査によって得られた同言語の基本的な語彙約1,000語を収録する。
チャガ=ロンボ語に関する文法書および語彙集は,現地でのものも含め,未だ公刊されたものはなく,これらは同言語に関する最初の記述資料ということになる。
実際の研修では,これらとは別に,次の3点を使用した。
- 『バントゥ諸語調査ハンドブック』(98頁)
- 『チャガ=ロンボ語(E623)文法調査票』(195頁)
- 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(1979)『アジア・アフリカ言語調査票(下)』
1は,調査・分析を進めるうえで必要になる専門的な知識を,受講生が容易に参照できることを意図して編纂したものである。Derek Nurse and Gérard Philippson eds. (2003) The Bantu Languages, Routledgeを底本とし,その他バントゥ語学の基本文献の情報を編集して,バントゥ諸語に見られる一般的現象やバントゥ語学の学術用語の解説をまとめた。
2は,各回の午後の時間に行った文法調査で用いるための調査票である。チャガ=ロンボ語の文法の全体像を理解するために必要な項目を選定し,22日間の調査でカバーできる範囲をやや超える分量になるように編集した(結果的に,研修最終日にすべての項目の調査を終えた)。「基本述語」,「名詞と名詞クラス」,動詞の「単純時制形」,「アスペクト形」等16の大項目(195頁)からなり,質問文は日本語とスワヒリ語を併記した。
3は,各回の午前の時間に行った語彙調査で用いた。ちなみに研修の時間内で,同調査票の「A語彙」200語の記述を行った。
4. 受講生詳細 詳細
履修登録は6名であった。うち1名が,研修の早い段階で数日間体調を崩し,その影響で以降の受講を見送らざるを得なくなったのは残念であったが,残りの5名は(所属校での行事など止むを得ない事情での欠席を除き)皆出席であった。この5名は,全員が無事に修了した。
5名のうち3名は,東京外国語大学国際社会学部のアフリカ地域専攻の学部生で,アフリカ地域研究への関心が高く,「生の」アフリカに接したい,アフリカの多様性を知りたい,といった動機で受講するにいたったようである。残り2名は,言語そのもの,あるいは言語記述研究に強い関心を持っている受講生である。うち1名は東京外国語大学大学院の院生で,記述言語学を専攻しており,すでに専門的な知識をかなりの程度身につけていた。もう1名は高校3年生であるが,世界の多様な言語への関心が高いだけでなく,すでに(比較的マイナーな言語を含む)いくつかの言語について,かなり高度な知識を有していた。
言語学的な興味で受講した2名が十二分にその熱意と能力を発揮してくれたことは,研修遂行上,大きな助けとなった。のみならず,おそらくは当初の動機がすべては満たされなかったはずの3名の学部生が,それぞれの能力を発揮しつつ,毎回楽しんで受講してくれたことは,担当講師として胸をなでおろす思いである。
5. 文化講演 詳細
文化講演は,3週目,4週目,5週目の金曜日の午後の時間に行われた。概要は次のとおりである。
第1回:8月29日13:00~17:30
講師:辻村英之氏(京都大学農学研究科准教授)
演題:「チャガ(マチャメ)民族の生計構造―アフリカ型農村開発とコーヒー・フェアトレード」
内容:チャガ人の住むキリマンジャロは,コーヒー産地として世界的に知られている。講演では,現地におけるコーヒーの生産出荷のプロセスのみならず,コーヒー生産と自然環境の関わり(いわゆるアグロフォレストリー)から,家計収入におけるコーヒーの位置づけ,さらには拡大家族を基盤とした相互扶助体系まで,現地調査に基づく視点からの多面的な解説がなされた。2000年代初頭には国際取引価格の下落に伴いコーヒー生産は大きな危機に見舞われたが,近年ではフェアトレードを活用したコーヒー生産復興の取り組みが行われるなど,チャガの人々のしなやかなでしたたかな生活実践が紹介された。第2回:9月5日13:00~17:30
講師:溝内克之氏(青年海外協力協会/JICAタンザニア事務所企画調査員)
演題:「(ロンボ)チャガ人の都市・農村関係―「村」・移動・都市組織」
内容:ロンボ人社会に関する人類学的調査を長年続けている講師によって,ロンボのホームランドの実際の様子,都市におけるロンボ人社会,そして彼らとホームランドとの紐帯の実態が紹介された。講演の随所に織り交ぜられた映像資料は,当地の生活の具体的なイメージを得るうえで大変有意義であった。また,ロンボ人都市生活者およびその相互扶助組織に関する解説は,ロンボ人の現代的な生活実践を理解するうえで重要であるばかりでなく,彼らの「ロンボ人」というアイデンティティとはどのようなものであるか,あるいはどのように変わりつつあるのかという,同時代的な問いを投げかけるものであった。第3回:9月12日13:00~17:30
講師:阿部優子氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所特任研究員)
演題:「タンガニイカ湖周辺の人々とことば」
内容:タンザニア南部のバントゥー系諸言語を長く研究してきた講師による,タンガニイカ湖周辺の言語調査に関する講演であった。前半はタンガニイカ湖周辺の人々の歴史,宗教,生業,文化的習慣等に関する話,さらに同地には京都大学の霊長類研究の拠点であるマハレ山塊があることもあり,霊長類研究をはじめとする他分野の研究者との交流に関する話など,フィールドに出て調査をするということの魅力につまった内容であった。後半は,音声データの聞き取りを含めた言語分析,さらにその結果から推測される当地の人々の移動や接触の話へと展開していった。最後に言語記述によって得られたデータの現地還元についての試みについても紹介があった。いずれの回も,講師の方々のご好意で,キリマンジャロ・コーヒー(辻村先生)をはじめ現地の飲み物や食物がふるまわれ,普段の聴覚を酷使する研修から,このときばかりは味覚や嗅覚でも現地を感じる講演となった。
6. 授業 詳細
「フィールドメソッドによる言語調査実習」であることを前面に押し出して研修を進めていった。木曜日から始まった研修の第1週,つまり最初の2日間で,バントゥー語およびバントゥー語学の概説と,その文法的枠組みを理解するうえで有益であり,かつ(結果として)研修時の準媒介言語になったスワヒリ語の基本文法の解説を行った。また,音声レベルの記述を一から行うのは困難であることから,この段階で,ロンボ語の実現音声と音韻体系,さらにそれを踏まえた文字表記法について,講師が解説した。
2週目から,早速調査実習に入った。午前の2時間で語彙調査,午後の4時間で文法調査というペースを,研修終了まで維持した。
語彙調査では,単に該当項目に対応する語形を記述するだけではなく,名詞であれば,単複の形式,コピュラと共起する形,その否定形,所有詞と共起する形,等を聞き取っていった。これによって,名詞のクラス,一致形式の同定,トーンパターンなど,付随するさまざまな情報も得ることができる。ただし,同時にさまざまな情報が得られてしまうということは,たったひとつの語彙項目を記述するだけでも相当な労力と分析力が必要になるということも意味する(分節素構造に注意を向けながら,同時に音調の記述を行う,というだけで,慣れるまでは相当な集中力が要る)。そして聞き取った内容を受講生がホワイトボードに書き,全員でその内容を検討し,確認するという作業を続けた。この一連の作業で,(当初は上記項目に加え,動詞との共起形も質問項目に入れていたこともあり)初日は「2時間で2語」を記述して終わった。しかし,1週間後には(動詞共起形を文法調査に回すことにしたこともあり),「2時間12語」のペースができ,最終的には,19日間(38時間)で,220項目余を記述した(調査に用いた『アジア・アフリカ言語調査票』の最も基礎的な語彙であるA語彙200語はすべてカバーした)。
文法調査では,上記『文法調査票』に挙げられた質問項目にしたがって質問し,コンサルタント役のネイティブ講師の返答を記述し,記述したものを受講生がホワイトボードに書いて,全員で検討しつつ,講師が文法的な解説を加えるという形で行った。受講生の理解力の高さもあり当初からスムーズに進んだが,質問項目には直接挙げられてはいないけれども関連するするどい質問をする受講生もおり,それによって,時間はかかったもののより質の高いセッションになった。むしろ時間に関して言えば,講師側の打合せが不十分なところがあったせいで,事前調査とは異なる発話例が(とくに最初の方は)出てくることがあり,それによって不要な時間をとるということがあった。一方で受講生は,当初は英語で質問をしていたが,回が進むにつれ,質問票のスワヒリ語文を用いて,スワヒリ語で質問を行うようになっていった。スワヒリ語文法の概説をし,文法書のコピーこそ配布したものの,それらを使って自習し,自発的に調査実習で媒介言語として使用する,ということは想定だにしておらず,受講生の能力の高さに舌を巻いた次第である。このような受講生の能力の高さによって,(時間数に対してやや多めの項目になるよう設計した)『調査票』の内容は,17日間(68時間)できちんと最後まで辿りつくこととなった
7. 研修の成果と課題 詳細
受講生が(少なくとも彼らにとって)未知の言語と向き合い,フィールド言語学の方法にしたがって,その文法の概略と基礎語彙を記述しえたということが,第一の成果になると考えている。このことが,受講生にとっても,新たな知見や記述の手法を身につけたといった形で成果になりえていたらと願う。さらには,研修の成果を反映した形で,チャガ=ロンボ語の,文法スケッチと語彙集という,この言語にとって初めての言語資料を公にできることが第二の成果である。それとは別に,受講生とネイティブ講師のアポリナリ先生との間に温かな交流が生まれたことも,この研修を行ったことで得られた大きな成果であると考えている。大げさなことを言えば,とくにアフリカ専攻の学部生にとって,この研修が彼らのアフリカとの関わりに対する何らかの展望につながるものだったとしたら,日本のアフリカ学への,あるいは日本とアフリカとの発展的な関係への貢献になる可能性があるからである。
8. おわりに 詳細
まず,忍耐強く研修にあたっていただいたコンサルタント役のモニカ・アポリナリ先生,個人的なつながりに甘えて講師の任をお願いしたにもかかわらずご快諾くださった文化講演講師の辻村英之先生,溝内克之先生,阿部優子先生,言語研修担当の機会を与えてくださった稗田乃先生,さらにAA研の研修担当の先生方,事務手続上のさまざまな局面であたたかいサポートをくださった担当の木本真弓さんはじめ事務の方々に,深く感謝申し上げます。そして,ときには担当講師以上にモニカ先生をケアし,感動を与えてくれた受講生全員に,心から敬意と謝意を表します。
(品川大輔)
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