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Amdo-Tibetan

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アムドチベット語言語研修
研修期間
2010年8月9日(月)~2010年9月10日(金)
午前10時00分 ~ 午後4時30分 (土・日曜日は休講)

研修時間
125時間

研修会場
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)
(東京都府中市朝日町3-11-1)

講師
海老原志穂(清泉女子大学非常勤講師)
ジャイ・ジャブ(扎布,青海師範大学教授)
チュイデンブン(却旦本,桐蔭横浜大学大学院博士課程大学院生)

文化講演
別所裕介(広島大学大学院国際協力研究科HiPeC研究員)
三宅伸一郎(大谷大学講師)
タシ・クンガ(本名:空閑俊憲)

受講料
75,000円(税込み)

教材
『アムド・チベット語の発音と会話』(海老原志穂著)(46.2MB) 正誤表(259KB)
『アムド・チベット語読本』 (海老原志穂編)(58.9MB)
『アムド・チベット語語彙集』(海老原志穂編)(10.7MB)
『CD:アムド・チベット語の発音と会話』

講師報告

1. 期間と時間 詳細

アムド・チベット語研修は2010年8月9日(月)~9月10日(金)の5週間にわたって行われた。月曜日から金曜日までの,10時から休憩時間を挟んで16時半まで毎日5時間,合計125時間の研修であった。

2. 講師 詳細

授業は主任講師(海老原)とネイティブ講師2名(ジャイ・ジャブ,チュイデンブン)が担当した。

2.1 研修担当講師
海老原志穂(清泉女子大学非常勤講師)
ジャイ・ジャブ(扎布,青海師範大学教授)
チュイデンブン(却旦本,桐蔭横浜大学大学院博士課程大学院生)
ジャイ・ジャブ先生は普段は青海省西寧市にある青海師範大学で教鞭をとっておられ,今回は研修のために来日し,8/16~8/20をのぞいた4週間,講師をつとめていただいた。ご専門である古典チベット文学以外に,チベット文化全般について豊富な知識をお持ちで,アムド・チベット語に関してはもちろん,チベット文化に関するいかなる質問にも丁寧に(時には流腸な日本語で)答えてくださった。特に,先生自身が体験してこられた牧畜にまつわる生活文化のお話は大変興味深いものであった。チュイデンブン氏は,ジャイ・ジャブ先生が不在であった8/16~8/20の5日間のみ講師をつとめていただいた。
2.2 文化講演講師
別所裕介(広島大学大学院国際協力研究科HiPeC研究員)
三宅伸一郎(大谷大学講師)
タシ・クンガ(本名:空閑俊憲)
各講師の文化講演の内容については後述する。

3. 教材 詳細

今回,日本語による本格的なアムド・チベット語の教材を作成できたことは研修の大きな成果の一つであった。アムド・チベット語には標準語と呼べるものはなく,英語や中国語で書かれた既存の教科書はあるものの,文法説明が十分とはいえなかった。チベット語の学習に「アムド・チベット語」という選択肢が増えたことは大変意義のあることである。
教材の作成は2009年12月から着手した。教科書『アムド・チベット語の発音と会話』は,海老原が中国青海省に滞在していた2010年2月16日~3月26日の間にジャイ・ジャブ先生の話されるアムド・チベット語をもとに草稿を作成した。教科書は発音編,文字編,会話編に分かれており,会話編の冒頭にはアムドでの会話に欠かせない日常会話も盛り込んだ。会話編の各課(第1課~第35課)は,留学生としてアムドを訪れた日本人学生がアムドのチベット人と知り合い,土地の文化を学ぶというストーリーを中心に構成されている。各スキットに,単語と文法解説がついており,自然な会話を通して文法事項を学べる構成になっている。スキット中では言葉だけでなく,同時にアムドの文化・習俗も学べるように,アムドの祭りや,正月,結婚の習慣,牧民の生活などの話題も取り上げた。文化背景に関しては,コラムによっても補った(「アムドの名前」,「誓いの言葉」など)。『アムド・チベット語の発音と会話』の単語および会話部分をジャイ・ジャブ先生に発音していただき,収録したCD(2枚組)も作成した。
『アムド・チベット語の発音と会話』,『アムド・チベット語語彙集』に関してはアムド・チベット語言語研修担当者である澤田英夫先生(AA研准教授)がTeXによる組み版や辞書編集のためのスクリプトの作成をしてくださった。
『アムド・チベット語読本』では,アムドを代表する作家であるトンドゥプジャ (1953-1985) という作家の小説を3篇収録した(原文の使用にあたってはトンドゥプジャの遺族より許可を取得済み)。読本のデータ処理に関しては千葉文博氏のご助力を得た。

4. 受講生 詳細

受講生は日本人11名であった。学部学生から定年を間近に控えられた方まで,年齢層も幅広かった。そのうち,東京外国語大学の単位履修生は3名だった。受講の動機も,人類学・言語学などのそれぞれの研究の上で必要だという他,アムドの文化を日本に紹介したい,アムドの民謡を聞きに行きたい,アムドの小説を翻訳したい,現地の人々と交流したいなど多岐にわたっていた。全員がなんらかのチベット語の学習経験があり,アムド滞在経験のある方も4人おられた。これらの受講生の他に,AA研准教授の星泉先生が授業を聴講された。
第1週目にジャイ・ジャブ先生が(まだチベット名を持っていない)受講生にチベット名を命名し,名前に込められた意味を解説した。研修中は各人がチベット名を用いて名前を呼び合った。
受講生はほぼ全員が皆勤に近い出席率で,一人も欠けることなく終了の日を迎えることができた。受講生の皆さんのアムド・チベット語を習得しようという熱意,講師も気づかなかったような鋭い意見や質問,協力的な授業態度により,あたたかな雰囲気の中で非常に内容の濃い授業を実現させることができた。この場を借りて,受講生の一人一人に感謝申し上げたい。

5. 会場 詳細

会場は主に,AA研のセミナー室(304)を使用した。部屋にはアムドの民族衣装と靴,アムド付近の地図,タルチョ(経文が印刷された五色の旗),タンカ(チベットの仏画),ゴユル(ドアにかけるカーテン)などをディスプレイし,チベットの雰囲気を肌で感じながら楽しく勉強できる環境をつくった。文化的な興味も深められるように,チベット(特にアムド)関係の書籍を置いた図書コーナーを設け,自由に閲覧,借り出しができるようにした。
全学閉鎖となる8/13~8/15の3日間は府中市生涯学習センターで授業を行った。

6. 授業 詳細

最初の1週間で発音と文字,日常会話を勉強し,2週目から最終週までは会話編のスキットを中心に進めた。 アムド・チベット語の発音は子音連続が豊富で日本人には発音しにくいものが多く含まれるため,当初から心配していたが,文字と発音の対応を含め,受講生の皆さんは苦労しながらも比較的早く習得していたので大変驚いた。チベット文字書き取りの小テストを2,3回行い,文字の定着度の確認もした。チベット文字30基字を読み上げ,その文字が書かれた札をとるというカルタ取り大会も盛り上がった。
第2週目はジャイ・ジャブ先生が不在のため,チュイデンブンさんに講師を担当していただいた。実は,このネイティブ講師のお二人は出身地も少し離れており,音韻体系にかなり違いがみられる。1週目と2週目の講師の発音が大きく違うことで混乱を招くのではないかという危惧はあったが,お二人の発音の対応関係を説明することで無事クリアできたようである。後になって,「アムド・チベット語の発音のバリエーションが勉強できてよかった」という声を受講生からもいただいた。
スキットは,まず一文ずつネイティブ講師に読んでいただきながら,海老原が語彙,文法の解説をし,単語練習をした後で一人一人に(時にはペアで)スキットを通して読んでもらうという方法をとった。応用として,練習問題や,スキットに出てきた文法事項を使って会話を作るペア・ワークも行った。
 会話や文法事項の学習の他に,文化背景も授業中に説明した。アムド・チベットの民謡,なぞなぞ,ことわざ,歌がき(男女による歌の掛け合い),漫才,祭り,家畜,牧民の結婚の仕方,牧民の用いる道具を説明し,資料として,海老原が撮影したもの,または市販の映像や写真なども多く用いた。できるだけゲーム的な要素を取り入れるようにし,写真を見て,羊とヤギ,雄ヤクと雌ヤクの判別をしてもらったり,歌を聞いて聞きとれた単語を一人ずつ発表してもらったりした。映像の中にはまだ学習していない内容が含まれている場合もあったが,アムド・チベット語の言語感覚を感じとっていただくために,解説をつけながら聞いてもらった。 授業では毎回午前中の1時間から2時間を復習にあてた。すでに学んだ単語やスキットの練習や,既出の文法事項を用いた会話練習などを行った。3週目以降はジャイ・ジャブ先生とのアムド・チベット語での自由会話を復習のかわりに行った。最初は前日の出来事や朝食の内容など簡単なことを講師が質問し,受講生が答えるという形式であったが,日を追って会話の内容の幅が広がり,話題も高度になっていった。会話に熱中するあまり気づいたらお昼休みになっていた,ということも多々あった。この時間は教科書にはない表現を聞きとったり,生のアムド・チベット語の息遣いを肌で感じ取るよい機会になったと思う。
当初の予定では,日常会話の他に,現代小説の読解も授業内容に含めていたが,実際の授業では読解は扱わなかった。チベット語は書き言葉と話し言葉の差異が非常に大きい言語であるため,読解には,そのための説明に多くの時間を割かなくてはならず,受講者からも読解に時間を割くよりは会話の教科書を最後まで終わらせたほうがよいという意見も出たためである。読解については読解のテキスト(の一部)の日本語訳や,テキストのものよりも平易な英訳つきのチベット語の文章のコピーを配布し,各自で自習していただくこととした。
 最終日には受講生の一人一人に,研修で学んだ成果の発表をしてもらった。自身の研究テーマとアムド・チベット語の関係について発表した人,スィンディー留学体験や,チベット旅行・滞在の映像や写真をアムド・チベット語の解説つきで紹介した人,映画「ナウシカ」にアムド・チベット語のアフレコをつけた人,宮崎駿の紹介をアムド・チベット語で行った人など個性あふれる発表会となった。最後には研修を聴講なさっていた星泉先生(AA研准教授)が「チベットに麦をもたらしたのは誰?」というタイトルで言語学,考古学,遺伝子学,民俗学などの観点からチベットとその周辺における人や言葉の伝播について,研修で得た着想をまじえながらお話ししてくださった。どの発表も大変興味深く,ネイティブ講師のお二人とともに聞き入った。皆さんのアムド・チベット語の上達ぶりに感銘を受けた。各人のすばらしい成果発表が今回の研修のハイライトとなった。
授業時間外ではあったが,最終日の夕方にはAA研内で催された「食文化研究会」において,アムド料理を作って打ち上げをした。主なメニューはツォマ(小型の肉まん),ジョンデ(野生の小芋ジョマを混ぜ,バターや砂糖で味をつけたご飯),火鍋(チベット料理ではないが,アムドではよく食べるので)である。会の途中からはダムニェン(チベットの楽器の一種)を弾き,歌を歌い,ひとしきり盛り上がった。

7. 文化講演 詳細

文化講演は8月20日,8月27日,9月3日の3回にわたって行われた。2回目と3回目は,公開で開催した。

第一回 8月20日
別所裕介氏(広島大学大学院国際協力研究科HiPeC研究員)をお迎えし,「『アムド』の民俗宗教 ~中国辺境の“3K”との関係をめぐって~」というタイトルで,アムドが置かれている環境とアムド地域研究の意義についてお話しいただいた。
第二回 8月27日
三宅伸一郎先生(大谷大学講師)に,日本人初の入蔵者と言われ,都合3年以上アムドの大寺院クンブム寺で過ごした寺本婉雅について,新出資料を用いながら,その生涯と学問,思想を紹介していただいた。
第三回 9月3日
タシ・クンガ氏(本名:空閑俊憲)に,演奏を交えながら,「ナンマとトウシェ」と呼ばれているチベット古典音楽の歴史や意義について講演していただいた。

8. 研修の成果と課題 詳細

本研修の最大の成果は「授業」の項で上述した,受講生による「成果発表」で発揮されたと思う。基本的な語彙と文法を駆使し,それぞれの伝えたい内容をアムド・チベット語に訳してくれたが,内容はもとよりその言葉の正確さに5週間の苦労も報われる思いだった。
さらに,「教材」の項でも述べたが,日本語によるアムド・チベット語の本格的な教材(『アムド・チベット語の発音と会話』,『アムド・チベット語語彙集』,『アムド・チベット語読本』およびCD2枚)ができたことも大きな成果であった。研修では主に『アムド・チベット語の発音と会話』を使用した。誤記が多々あったものの,「わかりやすい」,「文法の仕組みがよくわかった」,「使いたい表現がのっている」などの意見が聞かれた。近年,青海省における日本語教育の広がりにより,日本に留学するアムド地方のチベット人も年々増加傾向にある。さらにアムドに対する関心も世界的に高まりつつある。このような状況の中で,本研修の教材はアムド・チベット語を学ぼうとする独習者の方々にも役立てていただけることはまちがいない。
今後の課題は,アムド・チベット語辞書の作成である。今回は辞書の作成のための時間が足りずに,簡単な語彙集を編集するにとどまったが,アムド・チベット語の学習を継続していくためにも,ある程度の語彙数を有し,日本語からの逆引きもできるような辞書が必要である。今回の語彙集作成のために準備したデータをもとに,辞書の編集に力を入れていきたいと思う。

9. おわりに 詳細

2010年の夏は記録的な猛暑に見舞われた。その暑いさなかの5週間,一つの教室に集い,毎日,アムド・チベット語という言語に真剣に向き合ったというこの経験は受講生にとっても,私たち講師陣にとっても大変貴重なものとなった。教材作成の期間を含めると約1年,時には苦しく多忙な日々ではあったが,研修が終わった今は大きな充実感と数々の楽しかった思い出ばかりが残っている。
修了式でネイティブ講師の先生方もおっしゃられていたが,今回,アムド・チベット語を日本で教えるということは非常に光栄なことであり,意義深いことでもあった。しかし,研修はまだ始まりにすぎない。今後,研修で学んだアムド・チベット語を,受講生各人がそれぞれの分野で活かしていくことを切に願うばかりである。
最後に,このような貴重な機会を与えてくださったアジア・アフリカ言語文化研究所所長,栗原浩英先生,言語研修専門委員会委員長,町田和彦先生,アムド・チベット語言語研修担当者である澤田英夫先生を始めとする委員会の諸先生方および研究協力課の皆様に心からお礼申し上げる。

(海老原志穂)

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