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    中東における文化遺産の危機と保護に向けた国際的な動向

    安倍 雅史
    (国立文化財機構 東京文化財研究所 文化遺産国際協力センター)

    講演2

     シリアは、東地中海沿岸にある日本の半分ほどの大きさの国である。人口は2240万人程度で、アラブ人が90%を占め、そのほかにもクルド人やアルメニア人が居住している。宗教はイスラーム・スンニ派が大半をしめ、そのほかにもアラウィー派やドルーズ派といったイスラム諸派またキリスト教などが信仰されている。

     2011年の3月に、シリア南西部にあるダラアという小さな町で事件が起きた。「アラブの春」の影響を受け、子供たちが壁に「人々は政権の打倒を望む。」という落書きをしたのだ。しかし、この事件は、子供の悪戯として許されることはなく、治安当局は子供たちを逮捕、拷問した。この事件がきっかけとなり、シリア各地で、大規模な抗議活動が行われるようになる。やがて、抗議活動を弾圧するシリア政府に対し、反体制派の人間も武器をもって戦うようになり、政府軍対反政府軍という泥沼の紛争へと突入していく。さらに、ヌスラ戦線やIS(自称「イスラム国」)などのイスラム過激派組織が台頭、アメリカやロシア、イランやトルコといった大国も介入し、シリア紛争はますます混迷を極めていった。現在、ダラアの事件から7年以上もの月日が経過しているが、シリア国内での死者は50万人に達し、500万人ものシリア国民が国外へと逃れている。

     このシリア内戦では多くの人命が損なわれているだけではなく、その被害はシリア国内の貴重な文化遺産にもおよんでいる。本稿では、まず、シリア内戦下における文化遺産の被災の現状に関して、1. 史跡の軍事的利用による破壊、2. 遺跡の盗掘と博物館の略奪および文化財の不法輸出、3. 難民化に伴う無形文化の消失、4. ISによる脅威の4種類に分類し報告をした。

     その後、シリア内戦下で文化遺産を護っていく意義、またシリア内戦終結後に文化遺産を復興する意義に関して、私見を述べた。筆者は、1. 地域と人々を結びつける核として、2. 復興のシンボルとして、そして3. 観光開発・雇用創出のために、文化遺産を保護し、復興していくことが重要だと結論付けた。

     最後に、シリアの文化遺産を護るため、シリア国内やユネスコといった国際機関、またポーランドなどが行っている様々な活動を紹介した。また、シリアの文化遺産を復興するため、2017年よりはじまった「シルクロードが結ぶ友情プロジェクト」などの日本国内の活動も併せて紹介した。