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  • IV 南アジア・西アジア・中央アジア・北アフリカ
  • IV 南アジア・西アジア・中央アジア・北アフリカ

    座長黒木 英充(AA研)
    太田 信宏(AA研)
    情報提供講師小西 公大(東京学芸大学)
    タイトル「意志を紡ぐフィールド:インド・タール沙漠の周縁からみる開発の未来」

     南アジア・西アジア・中央アジア・北アフリカ分科会は、黒木英充教授、太田信宏准教授を座長として開催された。AA研の所員を含めて22人が自己紹介を行ったのち、東京学芸大学の小西公大准教授から、話題が提供された。

     小西氏はまず人類学的フィールドワークの特徴を説明し、フィールドの現実によって仮説は常に覆される運命にあること、研究者が現地の人々との影響関係を持たず、客観的な立場から民族誌を記述することは不可能であり、むしろ現地の人々と相互に関与しあって、調査が行われることを挙げた。

     そのような特徴を踏まえたうえで、小西氏がインド西部、ラージャスターン州のタール砂漠をフィールドに選び、砂漠に住むビールと呼ばれる指定トライブの村での調査を振り返った。当初小西氏はビールの社会を孤立・分断社会とする仮説を立ててフィールド調査に臨んだが、調査を通じて浮かび上がってきたのは村々の豊饒なネットワークと人々のダイナミックな流動性であり、これは従来のインド農村研究で提唱されてきた、一つの農村を固定的で閉じた社会構造を持つ空間とする説にも合致しない。そこで社会的ネットワーク論・社会空間論にアプローチを変えて、氏族女神を中心とする人々のネットワーク、更にはインド西部だけではなくパキスタン東部の砂漠に住む人々ともつながっている親族関係を浮かび上がらせることに成功した経緯を語った。

     後半に入り、小西氏の報告のトーンは一転する。2010年以降にタール砂漠での風力発電施設の建設が進み、村人の生活が一変したのである。風車の騒音や光が村人の生活を脅かすだけではなく、村人たちが聖地としてきた丘の上はタービンの設置に適しており、村人は聖地にアクセスする権利を奪われていく。開発における地元の代表は、ジャイサルメール県のラージプートから選出され、空間利用のイニシアチブを彼らが握ることで、いわゆる上位カーストたちの「伝統」が、指定トライブであるビールの社会にも押し付けられていることが説明された。現地の人々との関係構築や、人類学のフィールド調査の醍醐味といった内容だけではなく、開発によって引き起こされる社会のひずみにも話題が及んだ、非常に興味深い内容の報告となった。

     報告に対しては、ビールたちが乗り物に利用しているラクダの価格や、現在のタール砂漠の村へのインフラの浸透具合、ビールたちの女神崇拝と北アメリカのトーテム崇拝との類似点の指摘など、議論は尽きることがなかった。


    (報告: 小倉 智史(AA研))