海外学術調査フォーラム

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    座長伊藤 元己(東京大学大学院総合文化研究科)
    木村 秀雄(東京大学大学院総合文化研究科)
    話題提供者西田 治文(中央大学理工学部・東京大学大学院)
    タイトル「チリ南部と南極の植物ゴミ化石採集調査」

     話題提供者は、日本における植物化石研究の第一人者であり、南米のチリ、アルゼンチンなどで調査を行ってきたが、今回の報告は、昨年(2011年) に南極半島で行なった植物ゴミ化石採集調査の報告である。この調査は、チリの南極研究所の共同研究の形をとり、日本人として単身チリの調査隊に加わって行われた。

     かつて南極には広葉樹や針葉樹が生育していたことが、化石の研究によって知られている。現在南半球には、ニューギニア、オセアニア、南米に隔離された形でナンキョクブナが分布しているが、この分布と分化過程は、遺伝子の比較により系統が明らかにされている。ナンキョクブナはかつては南極を含むより広い範囲で分布していたと推定され、白亜紀のおわりから新生代初めの化石を調べると、現在の種類とは違うものがたくさん存在したことがわかる。ナンキョクブナは白亜紀後期以降に分布を広げたが、約3500万年前の年平均気温が10℃低下するという地球規模の寒冷化にともない、南極から南米に入って拡大した。海水温の変化は酸素同位体によってわかるが、陸上の気温の変化は葉の形質の変化を用いることで推定することができる。鋸歯のあるものとないもの(全縁)の比率を比較すると、年平均気温が高いと全縁が増え、低いと鋸歯が増える。このためいろいろなタイプの化石を調べることで、当時の環境を確認することが可能であり、ナンキョクブナ科は寒い環境の指標となる。

     一方、植物ゴミ化石は、陸の植物が流されて、浅い海に生物の遺骸が核となって堆積した石灰質のかたまりである。なかなか化石化しない着生植物の化石もゴミ化石には含まれ、コケの茎、子嚢菌の一部、胞子などが発見されるため、他の手段では見つかりにくい当時の生態系を確認することができる。南極については、樹冠化石の研究は行われているが、いわゆる「ゴミ化石」の研究は進んでいないため、話題提供者は南極での調査を志した。

     2011年の調査は、南極半島とドレーク海峡の間に位置し、チリが空港を保有している南シェトランド諸島で行われた。キング・ジョージ島では南極研究所のエスクデロ研究施設を利用することができた。露岩地帯で極初めての鳥の羽、足跡の化石や5000万年前の始新世のナンキョクブナ化石を発見し、かつてはナンキョクブナの林があったことを確認した。さらに前期白亜紀の化石が出るところとして知られているリヴィングストン島で調査を行なったが、2011年は降雪が多かったためにうまくいかなかった。1週間テントで滞在したが、風速100キロのブリザードのため、3日間テントから出ることができず、ゴミ化石の発見が有望な場所に行くことがかなわなかった。結果として晴れた日に材木化石を1点採集することができただけだったが、今後もこの場所でゴミ化石が見つかる可能性は高く、これからもチリの南極研究所と協力して調査を続けることを話題提供者は希望している。

     話題提供者の報告の後、なぜチリの研究所と共同研究を行なったのかという質問がなされた。日本は南極半島に基地をもっておらず(昭和基地の周囲は変成岩ばかりで堆積岩がない)、チリかアルゼンチンと共同する必要があるが、ナショナリズムの強いアルゼンチンは資料の持ち出しに非常に厳しく1年間しか借用できないこともあり、植物採集申請が比較的容易な(国立公園森林局のHPでスペイン語の申請書をダウンロード可)チリを選んだということであった。ほかにもゴミ化石の分析法、南米における藻類の分布、チリでの研究状況などついて、活発な質疑応答がなされた。


    (報告:髙松洋一(AA研))